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満吉栄吉「三日月」(「民主文学」20年5月)

 小説というものは奇妙なものだ。上手な作品が面白いとは限らない。下手な作品が面白くないとも限らないのだ。
 あまりの下手さに、何度も読むのをやめようと思った。それでも我慢して読んでいると、だんだん面白くなってきた。
 めちゃくちゃな文章である。書いていることが支離滅裂で、筋が通っていない。職人技としては失格である。だが、芸術というものは必ずしも職人仕事ではない。
 熱と勢いがあるのだ。めちゃくちゃなのだが、書きたい気持ちは伝わってくる。支離滅裂なのだが、書かずにおれない気持ちが伝わるのだ。
 中曽根時代の話である。日本列島不沈空母化の話が出てくるから1983年だ。宮崎市の定時制高校三年生の女の子。喫茶店で働き、週刊誌ばかり読んでいる。スポーツマンタイプの男の子を見ると寄っていく。二人の男との関係に失敗し、三人目にアタックしているが、この労働青年は簡単に男女関係になろうとしない。二人とも貧しく、賃金は安く、仕事には不満だが、選択肢はない。その場限りの息抜きを求める女の子に対して、男の子のほうがもっと人生をどうにかできないかと足掻いている。
 で、昼間の三日月。
「三日月が見えるよ!」
「ほんとじゃ。昼間でん見えるっちゃねえ。もちっと濃ければいいとにね」
「そうね、確かにここにあるち、誰にでんすぐ分かるごつね」
 貧しい労働青年に生き方を指し示すものの存在が、もっと見えるところにあればいいのに。
 そうなのだが、ぼくの記憶では三日月は夕方によく見る。太陽と地球と月との位置関係から言うとどうなるのだろう。
 この小説は場面の描写をちゃんとせずにセリフが続き、その合間に過去のことが挟まれたりしていて、「秋の初めの晴れ渡った日の西公園」から始まる場面の最後のセリフなのだが、時間の経過がわからないので、夕方なのかどうかは不明である。純然たる三日月は日没直後にしか見られないようだが、半月に近いようなものをも三日月と呼ぶなら、もっと早い時刻でも見ることができるだろう。
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コメント
157:木沼さんへ by 石崎 徹 on 2020/05/13 at 23:30:26 (コメント編集)

 やはり読者はさまざまですね。

156: by 木沼駿一郎 on 2020/05/13 at 17:06:23

 石崎さんは、下手な小説といいましたが、わたしは面白く読めました。この人は大分小説の経験のある方だと思いました。それは「ヨブが見た空」と比較すると、アマチュアとプロの違いと言ってもいいと思います。中卒のためにつらい思いをして、20歳までに男を掴んで幸せな生活をしようとする少女が次々と裏切られていく物語で私は感動しました。

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