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「ペスト」を読んでいる

 ぼくは「ペスト」文庫本上下分冊の「上」をやっと読み終えたところだが、妻は後で出た文庫一冊本を読んでいて、ほとんど読み終わったらしく、「なんでタルーまで殺すん、バカ」と言って泣いている。タルーというのは、医師リウーとならんで副主人公クラスの登場人物だが、妻のハートを射止めたらしく、カミュが彼をペストで死なせてしまったのを怒っている。
 ともかく「ペスト」は登場人物が豊かだ。キャラクターを巧みに描き分けている。とは言え、そのほとんどが、巷のどうでもいいような目立たない人物ばかりである。そういう人物をほんとうに愛情こめて描いている。「異邦人」が好きになれなかった人に、ぜひ「ペスト」を読んでほしい。「コロナ」を生き抜く知恵が見つかるかもしれない。
 この作品の特徴は、まったくのフィクションをあたかもドキュメントのようにして書いている、という点である。筆者(それが医師リウー以外にあり得ないことは読み始めたらだれでも気づくことだが)は、だれということはいずれ判るだろうが、一部始終を目撃した人間であり、筆者の感じたことはほかの人々の感じたことでもあり、また自分の記録を補充する他の人の記録にも目を通す機会を持った人間である、という前提で、すべて目撃と資料に基づいて書くのだ、と宣言して書く。三人称で書いているが、医師リウーの目を通して、リウーの目の及ばないところを、タルーやその他の目で補っている。
 叙述が実に細かい。ペストのこともよく調べている。ロビンソン・クルーソーの作者デフォーがまずペストを書いているそうで、それも読むべきだろう。そのほかヨーロッパの文明史の中には幾多のペストの記述があるようで、それらからの引用も多い。なんと言っても、オランの街、そこに住む人々をじつに生き生きと描いている。カミュは優れた観察眼を持ち、まさに見るべきところを見、書くべきところを書いている。それはほんとうにどうでもいいような小さなものばかりなのだが、それこそがカミュの愛の対象なのだ。
 いま読み返して思うのは、若い頃のぼくは小説を読んでもほんとうに一人の読者でしかなかったということだ。小説を文学として理解していなかった。つまり一個の芸術作品として、芸術の本質とも密接にかかわるところの技術上の問題、そういうものにまったく目を留めていなかった。ただ、一人の読者として感動していただけだ。いまになって、この作品の高みがいやになるほど実感できる。
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