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青木陽子「揺れる海」(民主文学8月号)

 これは最高に面白かった。感動もさせてくれた。
 文章が完璧だ。職業作家の文章である。敦史(31歳)と紗弥加(もうすぐ30歳)との会話を軸に物語が展開していくが、短いセリフのあとにこれまた短いコメントが付く。そのコメントが実に洒落ていて、読者を和ませる。
 特に変わったことを書いているわけではない。二人の両親や祖父母や、それにまつわる人々の現在や過去の話が自然と日本現代史につながっていく。二人はいわばその狂言まわしのような役割を演じるわけだが、その演じ方に巧みな小説的な企てがあって、話が滞ることなくどんどん進んでいく。
 紗弥加と敦史は付合いはじめて丸二年、敦史は紗弥加のアパートに泊っていくのに、自分のアパートには寄せ付けない。女でも隠しているのかという疑念が生じるが、隠しているのは女ではなかった。ワンルームの安アパートに仏壇が鎮座しているのだ。かといって創価学会なのではない。この仏壇をめぐり、また仏壇の隠し引出しのようなところから発見された敦史の祖母宛の古い恋文をめぐって、話はどんどん展開していく。
 小説を読む楽しさを存分に味わわせてくれる作品である。
 それでいて内容はずしりと重い。
 満州侵略から敗戦、引き上げ、米軍占領、講和条約から60年安保、バブルと失われた20年、リーマンショック、ブラック企業、そして地震と津波と原発へ、ほとんど日本現代史の教科書である。
 これだけ詰め込んでもそこには説教臭さがない。見事に物語に溶け込んでいる。
 二人とも家庭に恵まれず、家族親族に関心も持たずに生きてきたが、でも関心を持とうが持つまいが、人間は結局つながっている。
 恋文から出発したいわば巡礼のような(それはおそらくは心の空白を埋めることを強烈に望んでいたのだろう紗弥加の熱心さに、敦史がひきずられての結果なのだが)探索の道行きの過程で、煮え切らなかった敦史の心に変化が生じて結婚を申し込む。
 ところが、ハッピーエンドのまさにその瞬間、地震が発生、二人がいるのは福井県の海ぎわ、「まだ海は揺れていない」、だが湾の向こうに見えるのは原発である。
 この小さな恋の物語は、地震と津波と原発とで打ち砕かれてしまうのだろうか。
 それは決して虚構ではない。東北沿岸と福島とで、そんな、恋の突然の終わりがいくつあったことだろう。

 偶然だが、主人公の名前が、わが「まがね」のホープと字まで一緒である。
 また「さやか」は、最近多い名前で、ぼくの息子の妻もそうだが、漢字が無数にある。その中でこの作品の紗弥加という漢字には何となく仏教的雰囲気が感じられて、彼女の天真爛漫さの中にほの見える求道的な姿を象徴しているようでもある。

 いくつか個人的に慣れにくい言葉がある。「看護師」という言葉はすでに本当に日本語として定着しているのか。法律用語ではないのか。ぼくのまわりではみんな看護婦と呼ぶが、それはぼくら老人だけの話なのか。
「マンション」という言葉が安アパートに定着してきているようだが、これにも違和感が否めない。マンションは豪邸を意味するだろう。
「老女」という言葉になじめないのはぼくだけだろうか。「老婦人」と書いてはいけないのか。
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