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加藤典洋と上野地上ホーム

 7歳になる直前、十日町から福山に引っ越したときの記憶で、立ち寄った東京駅のホームで線路が行きどまりになっているのが記憶に残ったと、いつかこのブログに書いた。
 今朝の朝日新聞で、原武史の記事を読んで、じつは東京駅ではなく上野駅だったのだと知った。東京駅にはそういうホームはない。上野駅には高架ホームと地上ホームがあって、高架ホームは通過式だが、地上ホームの13番線から17番線が頭端式になっているのだそうだ。頭端式というのが、線路が行き止まりなっているホームの名称なのだという。
 ぼくはてっきり東京駅と思っていたので、一昨年(いや、もっと前かな。もう年度の記憶ができなくなった)東京駅をうろついたときに見かけなかったので、もうなくなったのだと思っていた。ところがどっこい上野駅にいまでもあるのだ。
 ヨーロッパの鉄道駅では珍しくない。方々でそういう駅で延々と待たされた記憶がある。ヨ-ロッパの列車は時刻通りに来ない。どのホームに停まるかも直前にならねばわからない。各地から来る列車の到着順序がわかるようになるまで、ホームを決定できないのだ。
 そのホームがつまり頭端式で、駅に入ると、すべての線路がこちらを向いて行き止まりになっている。もちろん大きい駅だけの話だが。電光掲示板に目を凝らし、アナウンスに耳を澄まして(これはぼくではなくて娘だが)ひたすら待つ。
 原武史の記事は、加藤典洋が中学校の修学旅行で山形から来たときの話だ。加藤典洋も去年だか一昨年だか亡くなった。ぼくはこの人の書いたものを読んだことがなかったが、太宰治賞の選評で短い文章だが、はじめて読んで、印象に残った。ぼくとほとんど同時代の人だ。いっとき朝日の文芸時評を担当していたらしいのだが、そのころぼくは文学から遠いところにいた。
 うかうかしていたあいだに、どんどん、ぼくらの時代が過ぎ去ってしまった。
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