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「執権」に追加、そして保守について

 もうひとつだけ「執権」に追加。
 姓(かばね)、氏(うじ)、苗字の件。
 細川氏が「基本知識」として書いたことはぼくにとって全部常識であったと書いたが、姓、氏、苗字については以前このブログで間違ったことを書いていた。
 源平藤橘は四姓であるというのが頭にあって、でも一方に八色の姓(真人、朝臣、宿祢等々)があるので変だなとは思ったのだが、源平藤橘は姓であると書いた。これは間違い。姓はあくまでも八色の姓。ただ後世ほとんどの姓が使われなくなって、朝臣だけが残った。源平藤橘が氏なのだ。そして北条、足利などは苗字である。以前このブログに、源平藤橘が姓で、北条、足利が氏と書いたのは間違い。
 同じ氏が何系統もできるので、それぞれ居住地で呼ばれるようになる。京都貴族の場合、街路名から、近衛家、九条家、岩倉家など、家(け)と呼ばれる。苗字というのは、武士の居住地を意味する。親子兄弟で苗字が異なる。北条義時の子は、朝時が名越、重時が極楽寺、実泰は金沢である。重時の子は、赤橋長時、常葉時茂、塩田義政、普恩寺業時という具合。
 氏が男の呼称であると書いたのは間違いで、苗字が男の呼称である。北条は苗字である。名越も極楽寺も金沢も赤橋も常葉も塩田も普恩寺も、みんな苗字だ。女性は氏で呼ばれる。したがって政子は平政子だ。源頼朝と結婚しても平政子である。
 夫婦別姓でまだもめているが、夫婦同姓が日本の伝統というのは間違い。これはヨーロッパの伝統であって、日本は明治になってヨーロッパの真似をして民法を作ったときに、夫婦同姓にしたのだ。まだ百数十年にしかならない。
 氏が男の呼称であるという感覚がぼくのなかにも頑固にあって、女性を氏と呼ぶことに違和感があるが、これもじつは西洋文脈の翻訳から生じたことなのだ。ミスターを氏、ミセスを夫人と翻訳したので、それが百年間で定着してしまった。男女を区別するのはヨーロッパの伝統で、日本には存在しない。彼と彼女も、HEとSHEの翻訳に過ぎず、それ以前は男も女も彼だったのだ。
 ということで、基本認識は変わらないが、姓、氏、苗字のとらえ方を間違っていた。とりわけ氏については大きな誤認があった。今回、「執権」を読んでようやくはっきりした。
 でも、やっぱり女性を氏とは呼びたくないね。一度身に付いたことはなかなか変えられない。だから保守的な感覚というものもよくわかるのだ。伝統は30年で作られるという。子供時代に覚えたことが、その人にとっての伝統なのだ。
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143:姓、氏、苗字、家 by 石崎 徹 on 2020/02/28 at 10:09:59 (コメント編集)

 歴史的変遷があるので、それをすべて述べるとなるともっと複雑になります。すなわち、現代では、姓、氏、苗字、家はすべて同じ意味です。ここに書いたのはそれらの言葉が日本史の上で発生したときのことです。古代から中世へと変遷したあたりを書いて、中世から近世への変遷には触れていません。そのあといきなり明治の民法と、欧文脈翻訳の話になるので、飛躍しているといえば確かにそのとおり。省略したところを適当につないで理解してください。

141: by 笹本敦史 on 2020/02/27 at 21:38:01

文中、氏(うじ)のことと氏(し)のことが混じっているように思えるのですが。

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