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Author:まがねとおる
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出生地

 両親に関する書類を調べていてもうひとつ判明したのは、我々姉弟3人の出生地である。それがすべてばらばらだ。
 姉は左京区下鴨貴船町、ぼくは左京区一乗寺松田町、弟は上京区紫竹桃ノ本町。
 ばらばらだが、すべて京都市内である。
 両親の結婚は1941年12月17日で、真珠湾攻撃の直後である。半年後には軍隊に招集されている。さいわい内地勤務だったが、いつ習志野に赴いたのかは不明だ。少なくともこの時点で足利生活は終わった。母は京都に帰ったのだろう。
 戦争が終わり、父も京都に帰ってきて、市内で住むところを転々としていたようだ。敗戦当時の落着かぬ世情が眼に浮かぶ。
 その当時、両親はまだ30代になったばかりである。出生以来、二人とも日本列島各地に住まいを移動し、どこが故郷とも知れぬ生活を強いられた後、40歳を間近にした1953年、何のゆかりもない福山に、たまたま草鞋を脱いで、やっと落ち着いたということだったのだろうか。

 両親とも亡くなったいまになって、彼らの人生にわずかながら、思いをはせている。わからないことばかりなのだが。
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