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「民主文学」19年10月号

 紫野咲葦女「百歳万歳の日まで」
「零地帯」の紫野咲葦女が亡くなった。ご冥福をお祈りします。
 この人は「零地帯」2号に「秀男の宝物」という小説を書いている。中学生の男の子が東京から名古屋まで自転車で旅をするという話である。その行程の難航苦行ぶりを、見てきたように生き生きと書いている。読ませる作品であった。もっと読者をつかむタイトルに替えることもできたのに、と惜しい気がした。
 今回1925年生まれと聞いて驚いた。去年、93歳で大腸がんの手術をして、もう5、6年は生きるはずであったが、一年で亡くなられた。ところがその間にその経過を小説に書かれた。それが今回、遺作として発表された。じつに明るく、ユーモラスである。若いときに夫に死なれ、長男を姑にとられ、手元で育てた次男は若くして事故で亡くなった。そう聞けば不運な身の上であるが、長男が離れて育ったにもかかわらずずっと慕ってくれて、ひ孫もいる。人徳であろうか。
 よき人生を送られたのだと思う。

 一条まさみ「誕生日」
 この人は78歳。これもたぶん事実をそのまま書いている。
 事実というものには読ませる力がある。読ませるだけの経験をこの人はしている。
 とても悲惨な少女時代から、あるめぐりあわせで、展望が開けていく。この人の素質もあったのだろうが、一人のロシア文学者がこの少女とその兄の人生に転機を与えるのを読むと、人間の持つ力、とりわけ知性や文化の持つ力を再認識させられる。そういう人間になれなかった自戒を込めてだが。
 この人の筆致にもカラッとした明るさがある。

 東喜啓「手かさぎの感触」
 高校三年生の恋愛と友情とを描いて読ませる作品になっている。それぞれに進路は違って、恋愛もその限りで終わってしまうのだが、この作品が読ませるのは、奄美のサトウキビ農業の実際を丁寧に書いているからだ。そこに力が入っているので、恋愛はその程度がちょうどよい。一方、農作業だけに終わってしまわずに、青春の輝きをうまく融けこませたそのバランス感覚がよい。
 上質な短編小説である。

櫂悦子「時生、十五の春」
 この作品を前にして、立ち往生し、筆を執りかねている。そこで掲載作を後ろから紹介してきた。
 櫂悦子は民文復帰の直後に読んだ「謝辞」が印象的で、気になる作家なのだ。近作の散髪屋さんの話は、「謝辞」とはぜんぜん違う世界だったが、散髪屋さんの女性と、なじみの町工場経営者との掛け合いが絶妙で読ませた。
 だが、今回のこれはどう読んだらいいのだろう。
 同時掲載のいま取りあげた三作は、お年寄りの書いたおそらく事実そのままの二作と、若い人の書いたフィクションとだが、そのいずれにも、その作品でなければ読めないものがあった。
「時生、十五の春」には何があるのだろう。
 この作品で唯一印象的なのは、時生の兄勝一と母藤子の、自衛隊をめぐるやりとりの場面である。
 兄弟三人、出来のいい長男勝一は工業高校を卒業して就職し家を出た。三人のなかで一番できの悪い時生は、高校入試に失敗して集団就職しようとしている。そこへ勝一が帰ってきて自衛隊へ入れば、給料をもらいながら勉強もできるぞという。勝一をあがめ奉っていた藤子が、がぜん血相を変えて「お前の指図は受けねえ」と宣言する。
 この場面に来て、「おや面白くなってきたぞ」と思ったら、それはそれだけで終わり、もとの叙述に戻ってしまう。
 ぼくなら、この場面で終わらせる。ここから先は書かない。一番魅力的なのは、この母親と偉そうな長男なのだから、この二人を主人公にする。三男坊の恵三は何のために登場したのか。この人物はこの小説に必要ない人物だ。そして次男時生は、どうしようもない勉強嫌いのやんちゃ坊主にする。この駄目少年と対照的に優秀な長男と、長男びいきの母親と、その関係が一変する場面こそがドラマだ。出稼ぎ中の父親は存在感がないが、それはまあ、そのままでよい。この見せ場に向かって盛り上げていくのでなければ、ほかに何があるのだろう。
 田畑の少ない貧しい農家。農繁期は豊かな農家に雇われて現金収入を得、農閑期は東京に出稼ぎに行く。母親はリヤカーに野菜を積んで町に売りに行く。祖父の遺した農協からの借金も払えばまた次の借金が必要になる、そういう生活。
 そういう生活が実感をこめて描かれていれば、自衛隊問題もそういう風景のなかのひとつであってよかっただろう。だが、風景に、この小説のなかでしか読めないものがない。風景が言葉でしかない。だからドラマがなければ小説にならない。
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48: by 石崎徹 on 2019/09/12 at 22:10:03 (コメント編集)

 この小説はよかったですね。たぶん作者の実体験だろうけど、作者の生きる姿勢がその筆致からうかがえます。
 感想をありがとう。

47: by 八王子の読者 on 2019/09/12 at 20:33:44

10月号では一条まさみ「誕生日」が一番おもしろかった。ただタイトルが余りにも平凡で何とかならないのかと思うが、作者が78才?自己変革の長編にしたらもっとおもしろくなると思った。もちろん「誕生日」ではなく、林芙美子「放浪記」の「私は宿命的な放浪者である。私は誕生日を知らない・・・」みたいなミステリアスな小説にすればもっとおもしろくなるかもしれない。

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