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「谷間」「いいなずけ」

 チエホフの短編集一冊を10日ほどかけて読んだ。これがいまのぼくの読書スピードだ。もっとも40年前の文庫本だから、活字も小さく、紙も黄ばんでいて、目も衰えているので読みにくいということもある。新しい本を買いに行けばよいのだが、暑いし、本屋は遠いし、車はないし、金もないしで、がまんしている。
「谷間」はけっこう長い。400字詰めにすれば百枚くらい。「いいなずけ」はちょうどその半分くらいだ。
 チエホフの小説を読むのは、事実上初めてのようなものだ。いままでに読んだ戯曲も含め、その舞台はほとんど田舎である。モスクワやペテルブルグが舞台になることはない。
 田舎の時代遅れとなった地主邸、退職官僚や、貧しい教師や、つまりある程度の知識層が登場し、主役は医者であることが多い。作者の経験をもとにしているのだろう。
 ところが、「谷間」がいままでの作品と比べて異色なのは、インテリ風の人物が一人も出てこないこと。誰が主役ということもない。谷間に埋もれたような貧しい村の人々が主役だ。そしていまひとつ気付いたのは、ここには日本の農村と似たような封建的な家族関係が濃厚に残っていることである。結婚が夫婦二人だけで完結しない。大家族の中で妻は嫁とされてしまう。
 更紗工場が三つ。うち二つは兄弟の経営だが、仲が悪い。製革工場がひとつあった。汚水の垂れ流しで家畜が病気になり、閉鎖されたということになっているが、わいろを払って密かに操業している。
 だが、主役はそのどれでもない。雑貨屋一家が主役だ。主人は、グリゴーリー・ペトロフ・ツィプーキン、けちで、あくどい稼ぎをして、けっこうな金を貯めこんでいる。妻は死んだ。息子が二人。兄のアニシムは町に出て刑事を勤めている、独身。弟のスチェパンは耳が悪く、頭も悪いが、結婚している。その妻アクシーニヤは若くすらっとした美人で、活発で才覚があり、いまや、ツィプーキン家もその事業も差配している。
 アクシーニヤを見てグリゴーリーも妻を欲しくなり、中年だが、美人で堂々たる押し出しの、良家の女性ワルワーラと再婚する。この女は周囲の貧しい人々に施すことが好き。何のことはない、亭主があくどい商売をして、妻がその罪滅ぼしをしている。
 このワルワーラとアクシーニヤでは気性が合わない気がするのだが、作者は何とも書いていない。トラブルの起き始めは、28歳になる兄のアニシムに嫁をとらせようとしたところから。美人でなければいけない、美人でありさえすればよいというので貧しい少女リーバを探し出す。母親ともども日雇いの百姓仕事で食べている少女だ。
 アニシムが帰ってきて式を挙げる。アニシムはそのなりゆきにあまり関心がない。彼はいま伸るか反るかの大勝負に出ている。式の参列者には大量の金銀を惜しげもなくばらまく。式を終えるとアニシムは勤務に戻っていき、リーバはまるでこの家の女中に来たように働いている。
 アニシムが捕まる。彼がばらまいた金銀はメッキされた贋金であった。判決が下り、シベリアへ6年の懲役となる。
 一方、リーバにはアニシムの子供が生まれる。リーバはこの子供に夢中になる。ワルワーラはこの子の将来のために財産をわけてやってはどうかと提案する。グリゴーリーと二人して、よりによって、アクシーニヤが経営してきたレンガ工場をその子の所有としてしまう。
 ここにきて怒り狂ったアクシーニヤはもののはずみで赤ん坊に熱湯をかける。赤ん坊は病院に運ばれるがそこで死ぬ。リーバは死んだ赤ん坊を抱いて一人とぼとぼと帰路に着く。
 それぞれの人物間の感情のありようをほとんど立ち入って説明することなく、出来ごとだけを叙述するような書きかただから、悲劇に導かれていく道筋に不納得感は残る。
 ただ、終わりの方はずっとリーバが主役のようにして書かれており、その貧しく、悲しい姿には読者の心に響いてくるものがある。
 それ以上こまごまと一人一人の心の中に立ち入るのが日本文学だが、そうやって読者を納得させてしまうというのはかえって現実から遠ざかってしまうことかもしれない。現実というものはわからないものなのだ。

「いいなずけ」のほうは簡単に済ます。
 女性の自立の物語である。結婚を目の前にして、これで自分の人生が決まってしまうという複雑な感情に襲われる女性。女性にはありがちなことで、女性に言わせると、よくわかるらしいのだが、チエホフも、そういうありがちの感情から書き出しながら、そこに留まらない。結局婚約を破棄してペテルブルグで学校に入る。
 その女性の心理の経過をうまく書いている。
 よくわからないのが、婚約者のほうだ。神父の息子ということになっている。ロシアのキリスト教はロシア正教だろう。ロシア正教では神父は結婚できるのか。そのうえ、この息子は働いていない。働いていないのに結婚後住むということで家具を運び込んでいる家は立派な家である。ロシアの神父は金持ちなのか。
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