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「かわいい女」

 きょうは「かわいい女」を読んだ。この暑苦しい日々を、77年版の活字も小さい、紙もすでに黄ばんでいる文庫本で、衰えた眼をして一生懸命読んでいるのは、外へ出ていく元気がないのと、「コスモス」が、読めば読むほど駄作としか思えなくなって、やる気を失ってしまったからだ。名作を読めばよけいに自分の作品が駄作に見えてくるが、でもここから脱出するにはやはり名作を読むしかないだろう。
 チャンドラーにも「かわいい女」はあるが、あの原題は、「THE LITTLE SISTER」というのだ。littleにはかわいいというニュアンスもあるだろうから、適訳とは言えるのだろう。
 チエホフの「かわいい女」の原題は知らないが、たとえ知っても、ロシア語のニュアンスなんかわからない。
 チャンドラーのかわいい女は冒頭で出てきてすぐに姿を消してしまうのだが、最後まで読むと、じつはストーリーの裏にぴったり寄りそっていたのだとわかる。かわいいどころかとんでもない食わせ者だったわけだ。
 チエホフのかわいい女は最後までかわいい。自分の意見を持つことができずに、愛する者の意見を自分の意見と勘違いして、愛する対象が変わるごとにころころ意見を変えつつ、変えたことにも気づかない。もちろんチエホフは批判的に書いているのだが、だからと言って、露骨に批判的には書かない。とてもかわいらしく書く。最大限にかわいらしくと言っていい。保守的な男が読めば、これこそ理想的な女性だ、と思うかもしれない。そう誤読した人だっていた筈だ。でも、誤読を恐れてつまらぬ解説を付けたのでは芸術作品ではなくなる。芸術に誤読はむしろつきものだ。
 50年ぶりに読んだので、細かいところはかなり記憶違いしていた。彼女の関わる男は三人、二人とは結婚するが、最後の一人には妻子がいる。この息子が彼女の最後の愛の対象となる。
 若い時分と違っていま読んで気になるのは、例えば結婚が常に二人だけの関係であり、相手が死ねば一人に戻ること。日本でもいまや常識だが、これが百年以上前の話なので、当時の日本の家族の在り方と比べてしまう。ここには舅も姑も小姑もいない。夫が死んだのに夫の家族に縛り付けられるなどという理不尽な関係は存在しない。
 夫の死後どうやって生きているんだろうとふと思うが、父親の遺した資産があるのだ。大きな家があって、賃貸ししたりしている。常に料理女が付いている。料理女を雇い続けられる身分なのだ。
 最初の夫が、チボリ遊園地の経営者というのも面白かった。チボリは、倉敷市がデンマークの会社に大金をはたいて作った遊園地で、すぐに破たんした。同名だから、関係あるのだろう。

 ついでに、きのうの「往診中の出来事」に追加する。モスクワの夏の夜について。5月の話である。季節は春ということになっている。モスクワの夏は短いから、5月はまだ春だろう。だが、夏至は世界中どこでも共通で、6月である。つまり5月は夏至の直前だ。5月のモスクワの夜1時、空は早くも明るみ始める。2時、太陽が顔を出す。若い医者とその患者の精神を病んだ娘とは、太陽が昇ったから、さあ、もう寝ましょうということになる。自然の環境によって支配されるこの昼と夜との感覚の違いがたいへん興味深かった。
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