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「往診中の出来事」

 チエホフは戯曲の達人であるとは思っていたが、散文においても達人であるとは知らなかった。「可愛い女」と「退屈な話」とは若いころから好きだったが、それは作品の内容に対してであって、特に文章を味わったわけではなかった。
 今回チエホフの短編集を読み進めるごとに、その文章の味わい深さに驚嘆している。もっとも翻訳だから、訳者(小笠原豊樹)の功績なのかもしれないのだが、それもあるだろうけれど、つまりはあるべきところにあるべき描写を、あるべきスタイルで置くという表現方法の問題なのだ。ロシア語を読めないことを今日初めてとても残念に思った。文学とは言語なのだということを若い頃のぼくは知らなかった。
 モスクワ郊外の話である。主人公は医者だが、生まれも育ちもモスクワで、田舎を知らない。工場から教授のところに電報が来て、工場主の娘が病気なので来て欲しいという。教授は自分では行かずに若い医者を行かせる。モスクワから汽車で二駅、そこへ馬車で迎えに来ている。沿道は地主の屋敷や別荘、白樺並木である。すでに夕方で、労働者たちが駅に向かって歩いている。工場は5棟もある。工場主は女性だが、インテリではない。おどおどしている。娘は20歳くらい、美人ではない。診察するがどこも悪くない。精神的なもののようだ。オールドミスの家庭教師が一人、この家では唯一の教育のある人間と自負しているらしいわりに、たいして知性的ではない。
 工場主は医者に懇願して泊まってもらう。医者は眠れぬままに、工場周辺をさまよい、いろいろ考える。家に帰ると娘の様子を見に行く。娘も寝ていない。娘は自分の精神的な不安を訴える。医者は娘を慰め、こういう境遇に満足できないことはむしろ良いことなのだ、あなたは素晴らしい人だ、と言ってやる。
 二千人の労働者が不健康な労働に人生をすり減らし、百人の監視人がその労働を監視し、ほんの二、三人がその利益を享受している。だが、享受しているはずの母親も娘も明らかに不幸だ。満足しているのはただ一人家庭教師だけではないか。
 チエホフは資本主義経済を激しく批判するが、自分たちの時代ではどうにもできないというあきらめと、一方、子供たちの世代はこれを解決するだろうという、ぼんやりした希望を抱いている。
 それも含めて、読者の心に深く染み入ってくるのは、さまざまな情景の描写なのだ。駅から工場への沿道の描写、夜中ひとりさ迷い歩きつつ、どうしようもないやるせない思いを考えめぐらす主人公の姿、自分ではどうしようもないつかみどころのない不安を訴える娘と、これという解決策もないままに娘を慰めようとする誠実な医者。
 こういったものが読者を強くつかむ。
 こういう文章、こういう表現力というものは、「これだ」と思って真似しようとしても真似できるものでは絶対にない。文章とは人間性なのだ。人間のうちから出てくるものであって、単なるテクニックではない。
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