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「中二階のある家」

「中二階のある家」を読んだ。その昔チエホフ全集の第1巻で学生時代の習作などを読む間には、なんでこういうものを読もうとしなかったのかと悔やまれる。これもすごい短編だ。チエホフは日露戦争のころに44歳で死んだ。漱石は少し年下で、日露戦争のころ、40歳くらいで書き始めた。ちょうど入れ替わるような感じ。しかし小説の完成度で言うなら、漱石はとてもチエホフには勝てない。
 だが、これもおかしな小説で、主人公は画家である。すでにそれなりに名のある画家らしい。年令はよくわからない。それほど年でもなく、それほど若くもないといったところか。若い友人の田舎に居候している。この友人は領地の経営以外には何もしていないが、学生気分が抜けず、生硬な議論を吹っかけてくるので、主人公は閉口して相手にしない。相手の知性を評価していない。ところがこの若い地主には、10歳も年上の女性が一緒にいる。彼は彼女を愛し、尻に敷かれている。ずいぶん物語が進んでからいきなりこういう女性の存在が出てくるのでびっくりしてしまう。しかもその話はそれっきりなのだ。
 物語は、広大な領地を持つ一家と知りあって始まる。この家族は母親と、姉と妹の三人である。母親はまだそんな年でもないのに、ぶよぶよ太って、愚鈍である。姉はすごい美人で24か5、妹は17か8、金はうなるほどあるだろうに、姉は地元の小学校で教師を務め、安い給料の範囲内で暮らしている。村の貧しい人々の健康や教養のための活動に忙しい。郡の政治を改善したいと努めている。主人公は彼女の努力に冷ややかだ。ある日、二人はとうとう表立って対決する。それはもう物語の最終場面である。それまで書かれているのは、田舎の自然の美しさ、そこでの気ままな日々の与えてくれる充足した人生といったことばかりなのだ。姉との間にある見解の相違は最後になってやっと表に出てくる。主人公は初めて長広舌を揮う。その意見によれば、姉のやっているような慈善事業は、人々を救うどころか、その奴隷状態を永続させるものだ、必要なのは彼らを過酷な労働から解放することであり、それには彼らに働かせて遊んでいる階級の人々が、労働を分担するべきだ、と述べ立てる。それに対して姉は、あなたは口先ばかりで何もしようとしていない、何もしない人の言い訳に過ぎないと言い返す。
 さてそこで、主人公は妹のほうに恋して、彼女を口説くのだが、この家族の主導権を持っている姉は、妹を遠くの親類のところにやってしまう。傷心の主人公はペテルブルグに戻る。何年かして、若い地主と再会したおりに彼らの消息を訪ねるが、姉は元気で郡の政治を改革しているが、妹の消息は不明であるという返事。
 自然の美しさと日々の充足した生活、いつの間にか生まれてくる恋心と、結局ままならぬ寂しさと、そういう状景のなかに、ロシア革命直前のロシアの民衆の生活という現実がいきなり紛れ込んでくる。その筆使いは確かである。
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