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「コスモス」

「コスモス」をほぼ仕上げた。ほぼというのは、細かいところはもちろんまだこれからだが、大きな問題がひとつ残っているからだ。
 元の原稿は、ふたつの劇が並行して進むというかなりややこしい劇だった。今回片方をバッサリ捨てた。その片方というのは主人公の内面劇だった。それを捨てた。その必然的結果として、主人公の内面がなくなった。
 それはもちろん覚悟の上で、最初の目論見とは違う劇にするつもりではあった。だが、その結果、主人公の人物像が浮かばなくなってしまったのではなかろうか。という疑問が生じてきたのだ。
 何かが必要かもしれない。これは少し時間をおいて読み直し、検討を加えることになるだろう。
 今回、元原稿では舞台裏で済ましていた場面を舞台前面に持ち出すことを計画した。小枝子と古田の出会い、小枝子と岡崎の始まり、そして小枝子と古田の別れ、この三つの場面が舞台裏にしかないようでは劇とは言えない気がした。ところがとりかかってみるとこれがたいへん難しい。
 芝居はテレビドラマではない。舞台上に切れ切れの場面を作るというのは、特殊なやり方になってくる。それはひとつの試みだが、また別の劇になるような気がした。芝居というのは本来限られた場所を設定して、その限られた場所での限られた時間内での人々のセリフにすべてを賭けるというゲームである。客の目の前でやる以上、ひとつのシーンにおける時間の進行は現実の時間そのものだ。それはかなり大きな制約のもとにある創作なのだ。
 今回、芝居のそういう古典的スタイルを守りながら表現してみることにした。つまり、劇を舞台裏から表に引き出すことをあきらめた。ただし、小枝子と古田の出会いだけは劇を仕組んだ。あとの二つは元のまま、登場人物のセリフによって表現される。
 さらにもうひとつ、並行劇がなくなった以上、劇中劇を作った。劇団を描くわけで、しかも演劇論をたたかわすわけだから、その劇がないでは寂しい。で、劇中劇のクライマックスシーンをでっちあげた。さてこの効果はどうか。これも少し時間をおいて読み直さねばわからない。
 いまのところ、「樹宴」スタイル(25字×22行×2段)で55ページ。「失われた夜」とほぼ同じ。400字詰めにして150枚くらいか。劇としては長すぎるかもしれない。読者を退屈させなければいいが、というのが一番の不安。それだけが心配。
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