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誤読について

エストリルのクリスマスローズが、次のように書いている。

作者が一人称形式で
(受け手の見極めを密かに願いながら)
技巧を駆使して真実を歪めて描き出すという
こうした技法がある以上

主人公の語りは、額面通りである筈という思い込みのもと
記述された世界観のみに浸ってしまった受け手と
そうはならなかった受け手とでは
その読後感が大きく変わってしまうという事態が生じる

物語は、作者の手を離れたら
受け手のものですから
解釈は自由ですゆえそれはそれで構わないのかもしれませんが。
       ☆    ☆    ☆
 そうなのだ。
 書き手にとっては、読者はわかってくれるだろうか、という迷いが常にある。でもわかってもらえるように馬鹿丁寧には書きたくない。そういう書きかたをすると芸術性が損なわれる。こういう葛藤が常にある。
 一方批評する立場では、そこまで書いてくれなくても、わかる読者はわかる、書きすぎてるよと思うときもあれば、反対に、この場合、読者にそこまで要求するのは無理だ、なんらかの示唆が必要だ、と思うときもある。

 これは永久の問題だ。
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コメント
42:そういうことです by 笹本敦史 on 2019/07/19 at 14:04:25

そういうことです。
小説観の違いなのでしょうが、二人の審査員が同じことを言ったので意外でした。

41:主観 by 石崎徹 on 2019/07/18 at 21:49:42 (コメント編集)

 つまり、結論ではなく、主人公の主観に過ぎなかったのに、審査員が理解しなかったという意味だろうか。

40:誤読 by 笹本敦史 on 2019/07/17 at 19:32:34

ある僕の作品の最後が結論を言ってしまっているのが失敗で、そこさえなければ入選だったと、ある賞の審査員に言われたことがあります。
一人称の主観は客観的事実ではないという僕の感覚は審査員に理解されなかったわけです。

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