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「零地帯」第3号 19年3月

 とっくに頂いていたのだが、半分くらい読んでそれきりになっていた。今回最初から読み直した。木村陽治氏の堀田善衛論についてはすでに短い感想を書いたので、今回は読み直していない。

木沼駿一郎「トイレクリーニング」
 この作品は、木沼氏と知り合った最初のころに一度読ませてもらっている。そのときは、変わった小説だなと、少し関心を持たされたが、それきりだった。
 今回、前のまま出されたのか、それとも手を入れているのか、前の作品を読み直していないので不明だが、ちょっとびっくりした。
 よい作品である。70年ころの都会の片隅にうごめく、はぐれものめいた若い工場労働者たち、その若者たちと町の風景とが、目に見えるようである。
 その時代時代の雰囲気をたしかにとらえるという試みは、文学の道を歩もうとする者のまず第一にやるべきことだろう。この作品にはそれがある。
 駅を降りて、ふと目に留まるのは、倒れた自転車の下敷きになっている自分の自転車を引っ張り出そうと苦労している女子高校生。
 あるいは、電車の中で酔っ払って管を巻いている男の、背後の窓に見える空には、アドバルーンがあがっている。
 こういうストーリーとは何の関係もない小さな情景を、作者は何気なく書きつづる。このことが読者の脳裏に浮かぶ街の情景を膨らませ、そこにリアリティを持たせる。
 話が展開していくわけではない。登場するのは情けないような人々である。しかし、そこにはたしかに人々の息遣いがある。

橘あおい「おもいで酒場」
 最後まで読むといい作品なのだが、介護小説が(まがねもそうだが)そこらじゅうにあってかなり食傷気味だ。
 2か所不明箇所があった。
1、<クラがどんなにションベンと叫んでも、トイレに連れていけない理由がある。それは家族がこれ以上、元気になっては困るという要望をしているからだった>
 介護問題というのは複雑で、分からないことが多すぎる。上の文章はどう解釈すべきなのだろう。
 <トイレに連れていくとクラが元気になってしまう。クラは認知症なので、元気になると何をするかわからない。だから元気になってほしくないので、トイレには連れていかないで、おしめ生活をさせ続けてほしい>という意味なのだろうか。その<家族>というのは後に出てくるが、妻を愛している居酒屋の亭主である。これが彼の望みなのだろうか。どうもわからない。
2、11ページ<もう九十歳を超えたクラ>
  20ページ<本日、七十七歳のお誕生日を迎える矢澤クラさん>
 年齢の違いが大きすぎる。クラはいったい何歳なのか。

たなかもとじ「ぼくの先生」
「民主文学」に載ったときに読んでいる。そのときは「少年」という題だった。
 津波で息子を失って、海岸をさまよう父親の前に子供が現れる。じつはその子供もすでに死んでいる。
 父親の痛ましい心が生み出した亡霊である。
 よい作品だった。
 ところが今回、そのよさが失われている。
 何故なのだろう。前回作を読み直していないのでわからない。

北嶋節子「錦秋」
 熟達の作品。でも、もう少し何か欲しかったような気がする。
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