FC2ブログ

プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
無名人
新潟の同姓同名はまったくの他人
以上

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

「民主文学」19年8月号続き

風見梢太郎「ある出発」
 半世紀前、作者が大学を卒業して研究所で働き始めた頃の話。たぶん作者自身の経験が色濃く出ているのだと思うが、どこからがフィクションなのかはちょっとわからない。
 作品では、主人公は京大の卒業生のように思われる。そういえば、同じ作者の、琵琶湖でのボート部の話とか読んだことがあったような気がする。だが、今まで作者と京都とを結びつけて考えたことはなかった。
 しかも蜷川の選挙で、全国から応援が来る。蜷川の選挙と言っても何回もあったわけだが、そのひとつのとき、ぼくは鷹峯のアパートにひきこもっていた。父の職場の共産党員が京都駅から電話を掛けてきた。アパートに電話はなかったから、たぶんすぐ近くの大家の家に呼び出されたのだ、と想像するだけで、どこで電話を受けたという記憶はすでにないが、電話をもらったことだけ覚えている。
 ぼくが学校へも行かずに引き籠っているので、郷里の父が心配して、たまたま蜷川の選挙応援で京都に向かう職場の同僚に声をかけて、様子を見てくれと言ったのだろう。
「蜷川の応援で来たのだ」とその人は言った。そのことだけ覚えている。ぼくがどう返答したのか覚えていない。たぶんいいかげんに受け応えたのだろう、結局ぼくはその人と会わなかった。
 そういうつらい経験を思い出してしまったが、この作品に書かれた蜷川選挙というのはそのときのことのような気がする。あれは何年のことだったのだろう。もう思い出せない。
 どこにでも共産党員がいた時代だった。父の職場にもいて、父も親しくしていた。
 この50年間を、ほんとうに納得できる形で書いてくれた小説に、ぼくはまだ出会っていない。
 ぼくには書けない。ぼくは時代と切り結んで生きたとは到底言えないから。

入江秀子「鬼押し出し」
 楽しく読んだ。練達の筆、という感じ。技巧走ったところのない、たんたんとした筆使いで、「私」の幼馴染夫婦を描き出す。かなり波乱のあった夫婦だ。どこまでモデルの実話なのか、どこからフィクションなのかは、これも不明だが、これが全部作り話だとしたら、すごい構想力だ。たぶん、ほとんど実話なのだろう。
 実話だとしても、それを一篇の小説作品としてまとめ上げるということはそんなに簡単なことじゃない。どこを省略し、どこをどこまでどういうふうに書くか、そして全体をどうまとめ上げるかということは、やはり構想力と描写力なしにはできない。
 この作品の成功は、「私」をできるだけ書かないようにしたことだ。「私」の人生だって結構波乱に満ちているのがうかがえるのだが、作者はそのことはさらっと触れるだけでそれ以上書かない。もっぱら、主人公夫婦を描き出す。76歳だが、すでに認知症がかなり進んでいる妻と、それをけなげに支える夫との物語である。
 味わい深い作品。
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す