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「ふくやま文学」合評会など

 3月いっぱいで町内会をお役御免になり、まだしばし引継ぎでうろうろしたが、ほぼかたが付いてきた5月、10連休で子供たちと遊んだ後、やっとタイムマシンにとりかかった。……のだが、ふたたび中断、ネット関係の、本来必要なかった面倒な手続きにふりまわされ、あいかわらず行事がいくつかと、ふたたびジャングルとなりつつある庭との戦い、その間、千客万来で、光陰矢のごとく流れた。10日以上が無為に過ぎ去り、月末が近づいている。今日やっと、再開した。
 これから月末まで、毎日必ず1日1ページ(千文字)書く。あと10日で10ページ(1万文字)書けば、なんとか形になるだろう。
 今回はほんとうに苦しんで書いている。いつもなら自然に浮かんでくる言葉をただ写しとっていけばよいのだが、今回は一言一言呻吟している。というのは、まだイメージが描けずにいるのだ。結論は、6年前書き始めたときから頭の中にある。その結末に持っていく道筋が描けない。前篇をもう5,6回は読み直した。それでもそれを書いたときの気持を取り戻すことができない。ぼくにとって小説というのは、ムードだから、そのムードを自己のものにできないと書けないのだ。
 だから、当分はブログを書かない。最近はすでにほとんど書いてないのだが、あえて書かない。ブログを書くと、小説のムードが逃げてしまう。一日の生活をすっかりタイムマシンにしてしまわねばならないのだ。
 で、ちょっと気になっていたことを、今のうちに書いておく。
「ふくやま文学」の合評会が4月14日にあった。毎年楽しいが、今年はものすごく楽しかった。あんまりうきうきしているので、中山先生が「石崎のほんとうに楽しそうな顔を初めて見た」とおっしゃった。
 そうなったのはいろいろ理由があるのだろうが、半分はアルコールのせいだ。毎年ぼくは朝から車で行って、合評会のあと、中山邸での懇親会まで、客たちを運搬する。関東から来て福山駅近辺に宿をとっている人たちが何人もいるからだ。
 だから、飲めない。飲めないと調子が出ないのだ。
 今年は偶然妻が車を使ったので、ぼくには車がなかった(ぼくは数年前車を捨てた)。だから飲めた。これが今年ぼくが元気のよかった理由の半分である。
 来年からはもう車ではいかないぞ。誰か運転手をやってくれ。
 もうひとつは、若い頃書いた「朝」を今回再掲したのだが、これが意外なほど好評だったからだ。半分は誉めてくれるかもしれないが、半分は欠点をあげつらわれるだろう、と覚悟していた。下手をすると全然だめかもしれないとも思っていた。ところがものすごく誉めてくれたので、ぼくは舞い上がった。
 あとは、年に一度とはいえ、常連のメンバーに慣れてもきたし、それに新しいメンバーと新たに知りあえる楽しさもあった。
 メンバーの幅の広さがいい。それぞれが個性的で魅力的だ。
 ということをずっと書きたかったが、忙しさにかまけて書けずに気になっていたのだ。

 もうひとつ、他のこと。
「民主文学新人賞」佳作を含めて3作品、あえて選評を読まずに批評したが、アップしたあと選評を読んでみると、意外だったが、ぼくと似ていた。選者によって多少の違いがあるが、ぼくが感じたようなことはほかの人もだいたい感じたようだ。池戸豊次の才能はみんなが認めている。同時に「鹿を殺す」との類似に疑問を呈している。
 ひとつ、おやと思ったのは、青木陽子で、彼女は最終候補9作品のどれにも不満だったようで、中寛信という人の作品がいいと思ったのに、一次選考11編にさえ残らなかったと残念がっている。選者5人がそれぞれ推薦するというのではないようだ。二人以上が推薦したものを一次選考で通すとかいうようなシステムなのだろうか。
 小説の評価は人それぞれなので、選者による当たり外れは避けられない。
「福ミス」の場合、一次からの選考方法を詳しく紹介している。最終選考までのすべての過程を公開する。応募者を納得させるためには、そういうことも必要かもしれない。

 もうひとつ。
 これも選評のなかで感じたことだが、モチーフというフランス語の使い方がどうもおかしい。単純に翻訳すればモチーフは動機で間違いないのだが、どういう経過を経てのことか不明だが、日本でわざわざフランス語を使ってモチーフと言った場合には、かなり特殊な使い方をされている。単純に動機という意味ではない。
「民主文学」の批評家たちに限って、単に創作衝動という精神的な意味で使う人が多い。
 一般社会では、この言葉はもっと素材に即して使われる。作品を動かしている素材、動因というような意味合いが強い。
 この微妙な違いを理解して欲しいと思うのだが。
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