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池戸豊次「寒晒し」(19年度新人賞佳作)

「鹿を殺す」の池戸豊次である。他の雑誌に書いたものが「図書新聞」で紹介されていたが、「民主文学」に載るのは「鹿を殺す」以来なので、待ちわびていた。
 ところが読み始めると冒頭「鹿を殺す」と同じなのである。「え? 書き直したのか?」と思った。残念な気持ちが走った。「鹿を殺す」は完璧な作品だった。それは余分なものをすべて削ぎとっているからで、こういう作品はときどき、もっと書き加えたいという誘惑を作者に起こさせる。書き加えると、なるほど作品は分かりやすくなる。だが、それにつれて緊張感を失う。
 読んでみると、半ば当たり、半ば杞憂だった。
 全体的には、「鹿を殺す」とは全然別の話である。それでも作者自身の体験に負うところが多いようで、重なる部分はやはりある。だが、書いているのは別のことなので、鹿を殺す場面とご縁さんの言葉はいっそ、ないほうがよかった。そのあとの話の展開が違ってくるので、この二つがいかにも付けたりに見える。あるいはぼくがなまじ前の作品を印象深く記憶しているせいかもしれない。
 これはこれで、いい作品である。
 岐阜県郡上市に近い山奥の話。冬である。寒いが雪は道路にはないようだ。若い水道工事屋夫婦の物語。トラックに積んだパイプを結束していて、仰向きに倒れ、後頭部をコンクリートで激しく打った。気が付いたら車を運転している。その間の記憶がない。
 病院で検査し、一日観察入院となる。その間に主人公の頭によみがえってくる人生のあれこれの場面が描き出される。「鹿を殺す」では妻との出会いが描かれたが、この作品では妻は現在形で十分に活躍し、過去に登場するのは主に若くして逝った母親である。描かれ方から想像して、(「鹿を殺す」と符合するところもあり)ほとんど実体験だろうと思われる。
 その内容もよいのだが、この作者の作品が読者を引き付けるのは、やはりその文体なのだ。
 とりたてて珍しいことを書いたわけではない。人生のつれづれである。それに向かいあう作者の姿勢に独自性がある。

「鹿を殺す」を読み直したくなって、読んだ。4度目である。いいものは何度読んでもいい。おそらくは、何らかのフレーズが読者を引き付ける。それは記憶に残っているのだが、ストーリーの中のそのシーンでもう一度そのフレーズに出合いたいと思って、再読するのだ。
 じつは最初に「鹿を殺す」を読んだとき、なんて下手な小説なんだろうと思った。途中で「おや?」と思うフレーズに出合い、だんだん惹かれてきて、結局そのときだけで3度読んだ。
 いまではなぜ下手だと思ったのか、まったくわからない。おそらくそのときまでぼくの出合った文体と違っていたのだろう。

 いまでもぼくは人の作品を遠慮なくこき下ろしているが、もう一度読んだら、誉め始めるかもしれない。逆のケースもあるかもしれない。
 だからあまり深刻に受けとらないで欲しい。反論が欲しいと思ってぼくは書いている。だが反論は来ない。来るのは、「もう批評するな、何も書くな」という攻撃だけだ。でも、それも過去のことになった。いまはそれさえ来ない。
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