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太宰治再読

 最近機会があって太宰治を読み直した。といっても短編集を一冊だけだが。
 太宰治を読んだのは15歳になる直前だったから、ほぼ60年ぶりである。
 中学3年の新学年の初夏に、ふと手にしたのがどの作品だったのか、もう覚えていない。たちまち虜になって本屋に通い、角川文庫の太宰治は全部買った。こだわるたちだったので、いったん角川を買い始めると、ほかの文庫をぼくの本棚に紛れさせるのが嫌で見向きもしなかったから、角川以外は知らない。
 全部読んでしまうと、学校の図書室にある太宰治を片端から借り出して読んだ。夏休みに入っても、まだ図書室に通ったような記憶があるが、図書室は夏休み中もときどき開いて貸し出していたのだろうか。
 夏休み中にほとんど全部読んだ。ただ、「右大臣実朝」と「新ハムレット」だけ読み残し、ずっとそれが気になりながら、結局60年間読まないままできた。
 二学期からは「アルト・ハイデルベルグ」や「若きウェルテルの悩み」を読んでいた。
 ところがそれ以後、太宰治を読み直した記憶がない。もともとどんなに気に入った本も二度とは読まない習慣だった。一度読めば細部まで覚えていた。
 だが、60年経つと、すべてはおぼろげだ。
 今回読んだのは、やはり角川文庫で、「女生徒」である。女性の一人称作品ばかり14作を収録している。
 どれもタイトルに記憶があったが、内容は忘れていた。読み返して思い出した。
 文章のうまさはいま読んでも感じる。どの短編も読み始めると止まらない。リズム感がよいので読んでしまう。だが、もちろん少年の日の圧倒的な共感はいまは遠い。あの頃はどれを読んでも自分のことが書かれていると感じた。「女生徒」は特にそうだった。教師も、「これを読んだ人はみな自分のことが書かれていると感じる」と言った。そのとおりだと当時は思った。いまでは、どこでそう感じたのだろうと首をひねる。
 今回最も面白かったのは、「十二月八日」である。
 もちろん真珠湾奇襲の日だ。
 百年後の人のために、この日を一切の嘘を排してありのままに書くと断って、自らの妻の一人称で、夫(自分)や夫の友人、娘、近所のひとたちの何気ない一日を書き綴っている。もちろん事実そのままではないが、その日の庶民の表情をそれなりに写し取っていると思う。
 最近ルポルタージュに関心が向いているが、小説の形でも、時代の表情を描けるのだと感じた。
 建前と本音が錯綜する庶民の複雑な心情がありのままに写し取られている。

 もう一点、追加。
 巻末の経歴で敗戦から三年で死んでいるのを知った。39歳で死んだことは知っていたが、敗戦からわずか三年とは思わなかった。
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