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石崎文と平松氏の反論 Ⅴ Ⅵ

V.  製造業産業と情報産業の違い

①  製造業では、工場、機械、原材料、労働者などのために最初に大きな資本がいる。
 情報産業に必要なのは頭脳だけである。ただし、その頭脳にはコストがかかっている。
②  製造業では、作るたびに原材料その他を必要とする。
 情報財は、一度作れば、あとはコストなしで無限にコピーできる。

VI.  労働価値説は覆されたか

 その前に一言。
 労働価値説とは、労働時間以外に商品価値を計量できるものはないという説であって、労働は貴いという説ではない。「資本論」は道徳の本ではなく、経済学の本であることを忘れないように。
⇒本書では「労働は貴い」と説いていませんが、そう感じさせる叙述があったのでしょうか?
⇒労働価値説の基本は、生産>消費という日常的な人の営みの資本主義における定式化に過ぎない。
1日で生産する財は1日以下の労働で生産されねばならない。ごくごく当然の超歴史的な真実でしょう、ただし現代では地球容量からの絶対的制約も追加されてきたけれど。


① 特許権、著作権
 価値を決定するのは市場である、という原則に立ち返ろう。売り手と買い手があり、両者が合意すれば取引は成立する。そこに働くのは社会的平均労働時間である。ところが、頭脳労働は個別的なので平均はない、と著者は言う。つまりこれは著者自身が触れている著作権や特許権の問題なのだ。著者はそのことに軽く触れながら(59ページ)、問題をそこから深めようとはしなかった。
⇒著作権は物理的基礎を持たない生産物(知的)に擬制的所有権を与えるもの。これが資本主義の天才的機能である。著作権は知的生産物だが、それ以外にも投票、順番並び、などを権利化して売買することも実現している。本来所有になじまないコト、モノを埋め込む擬制的所有権こそが資本主義、これで十分でこれ以上の説明はいらないんじゃないと思いました。

 著作権や特許権がなぜ必要か。それが情報財であり、すなわち誰にでもコストなしにコピーできるものだからであり、それをやられると著者、発明者のそこに到ったコストがまったく報われないからだ。
 情報財は、作るにはコストがかかるが、コピーするにはコストがかからない。だからこれは市場原理によらずに保護されなければ、いっさいの著作も発明も生まれてこない。コストが報われないとしたら、そんな労働はありえない。
 だが、それが永久に保護されてしまえば、それも人類の進歩を阻害する。だからここにいつまで保護するかという妥当な線が、法律によって引かれることになる。
 それが、ある場合には発明者の発明コストを反映するよりも何倍もの巨大な額になるとしても、ある意味ではそれも市場原理を反映しているとも言える。即ち発明は賭けであり、一人の成功者の陰では無数の失敗者が泣いているのであって、それら大勢のコストをすべて反映しているのだとも言えるだろう。
 それは法律によって決定されるので市場を反映していないように見え、事実必ずしも反映していない。だが、市場原理から遠すぎる法律は結局妥当性を欠き、いずれは、うまく機能しなくなるだろう。すでにそうなりつつあるのかもしれない。
 これは情報財に共通する問題であり、形としては、いま急に出てきた問題ではない。昔からある問題なのだ。ただ、その問題が大きくなりすぎた。

② 無料配布(オープンソース 59ページ)
(2月3日付朝日)
【情報通信研究機構(NICT)は自動翻訳アプリ「ボイストラ」をスマホなどで無料でダウンロードできるようにした。普通の会話なら31種類の言語を文字でも、音声でも、即時に翻訳できる。さまざまなソフトに利用されている】
 ネット世界には、無料のものも有料のものもあるのだが、それぞれについてその仕組みを丁寧に見ていく必要がある。無料で提供する主体はどこから収入を得ており、無料で公開することの意図はなにか、どういうメリットがあるのか、まったくのボランティアなのか。半ば公的な仕事なのか。まわりまわって利益が期待できるからなのか。
⇒紙面の制約から中途半端な説明で問題点を指摘するのみ。次回作で詳しく考えたい。
オープンソースにも分類すれば様々なやり方があるけれど、共通するのはネット世界が量的にほぼ無限大であること、この量的な特異性が質的変化をもたらしている、広告もオープンソースもこの前提が昔と根本的に違うことを十分考慮すべき。


③ 広告収入
 無料のものには広告が大量に付いている。これは人類がとっくの昔から経験済みだ。民放テレビは視聴者から金をとらない。視聴者に対しては無料で提供する。しかしボランティアなのではない。スポンサーから金をとっている。テレビ局はスポンサーに対して番組を売っている。ちゃんと商取引が成立している。スポンサーが番組を買うのは、看板屋に看板を作らせて金を払うことと一緒である。看板にはその効用が期待できるので、その労力に対して金を払う。
⇒昔と現代で不変な部分と大きな落差がある部分の両面から考えたい。

④ 情報産業内部の労働の種類
 実際には情報産業にも大勢の労働者が働いている。技術労働者でも、大部分は時間で働いているだろう。アマゾンなどには、小さい荷をたくさんの家庭に届けるために長時間低賃金で働いている大勢の下請運転手たちがいる。アマゾンの儲けの何割がピンハネによるものか、何割が正当なシステム構築料なのか、
⇒現代社会の病巣の分析は必要で、改善に効果がある。それはマルクス的視野で言えば「科学技術の資本主義的充用からきている」とくくることができるけれど、著作はここに関心を向けていない。著作はそこには言及していないのです。例えばサヨク世界では問題になる「変革の主体は誰か」で言えば、資本主義が生き残るために犠牲になっている人がそれであることは当然視されているけれど、その対極にある先端産業で働く労働者、正規でないけれど貧困でない、雇用されていない労働者、彼らも変革の主体であろうと考えている。両極の労働者が変革の主体、これを統一するアイディアは今後の課題。
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