FC2ブログ

プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
無名人
新潟の同姓同名はまったくの他人
以上

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

石崎文と平松氏の反論 Ⅳ

IV.  情報の質の違い

(50ページ)
 【5 非物質的材の商品化】
 【5-1 情報をモノに埋め込んだ商品】
① 本【言語情報】+
 【紙+活字+インク+(以下略)】
② 電子ブック【言語情報】+
     【(略)表示装置】
③ アンテナ【電磁気学で計算された形状情報】+
    【形状加工された金属棒】
④ メガネ 【光学で計算されたレンズ形状情報】+
    【研磨されたガラスやプラスチック】
⑤ 手作り箪笥や家具【図面や記憶による形状情報】+
        【カンナやノミで加工した木材】
⑥ ~⑨(以下略)
 ここでは情報+モノという形でさまざまなものが例証されている。上段に書かれた情報が下段に書かれたモノの中に埋め込まれるという構図である。
 本と電子ブックをもう一度見て、アンテナ、メガネ、箪笥や家具をよく見てほしい。異なるものが比較の対象となっていないか。
 アンテナ、メガネ、箪笥や家具の上段に置かれた情報はすべて形状情報である。
 本と電子ブックの上段の情報はそうではない。
 アンテナやメガネにとっての情報がその形状情報(作り方)であるなら、本や電子ブックにとっての情報も、その形状情報、作り方の情報でなければならない。
⇒情報はモノの作り方、確かにそうですね。
⇒40pの「情報に固定される労働」の中で本は②に、アンテナは③に相当する。
⇒そしてここでは情報が商品化される形態を【モノへの埋め込み/非物質のまま/エントロピ】に分け、効用(用途)については措いて、モノへの情報のモノへの埋め込み方の類型を①~⑨で示している。
埋め込み方は形状である場合やマイコンのプログラムとしての場合もある。
例えば知的情報を効用とする場合は紙の本や値札は前者、電子ブックや駅の電子掲示板は後者である。
どの視点で見るかによって相違点と共通点がある。
モノへの情報の埋め込み⇒共通点=モノ形状への埋め込み=本の上段も分解すればモノ形状に帰着する。【言語情報】→文字化→文字形状→印刷【活字+インク+紙】で紙面に実体化(形状情報の実体化)
これは石崎さんの指摘通り、本の作り方でもありますね。
効用の相違点⇒言語情報からの効用or情報を埋め込まれたモノそれ自体による効用、両者は異なる。
本書ではそこは無関心、「モノへの情報の埋め込み」でのまとめである。違いがあるものを並べたので「比較が違うよ」と感じたのでしょう。分類を再考する必要があるかも。


 本や電子ブックという道具を使って伝達する中身としての情報とは、つまりそれの用途である。アンテナにとってはそれで受けとる電波であり、メガネにとってはそれで見る対象であり、箪笥にとってはその中に収納する衣類である。

 情報とは何か。情報にもいろんな種類があり、それは単に並列的にあるだけではなく、段階的にもある。道具の作り方としての情報と、道具が運ぶ中身としての情報とは厳然と区別される必要がある。

 情報自体が消費される場合と、情報によって作られたものが消費される場合の違い。

 ハンマーを買う人はハンマーの作り方を知りたいのではなく、ハンマーで物を叩きたいのである。ハンマーに転化された情報とは、いかに作れば物を叩ける道具が作れるかという情報であろうが、ハンマーを買う人にとってはそれは不要な情報である。ハンマーを買う人はその情報を消費するわけではない。
⇒ハンマーそのものがすでに【情報と物質】で構成されていて、それを買うひとはそんなハンマーの有機的構成など無頓着にハンマーを買うのであり、石崎さんの指摘どおり。ただしその先が少し違う。情報とはハンマーの形状である。だから情報の消費とはハンマーの形状が崩れることである。ハンマーの情報を使うわけではない。それはハンマーなるモノの損耗、劣化である。モノの損耗、劣化とは形状情報が失われることである。ここはP44のガラスのコップ参照。
従来のモノの消費とは実はモノの情報要素が失われること。だって物質エネルギー不滅法則があるから物質は滅却しない、これは誰でも知っていること。失われるのはモノをそのモノたらしめていた情報のみで、それはエントロピー増大と等価、同じことになる。


 汽車に乗る人は汽車の作り方という情報や、汽車がどうやって動くかという情報を知りたいわけではなく、ただ汽車に乗ってどこかに行きたいだけだ。

 ひるがえって、本の場合を考えてみよう。
 本に転化された情報には二種類がある。
 一方では物としての情報、本という物質はこのようにして作るという情報、他方ではその本に書かれていることという情報である。買い手は書かれている内容であるところの情報を消費するのであって、本の作り方に関する情報を消費するのではない。もちろん物としての本も(それがいつかは消滅するという意味で)消費するのだが、その製造方法に関する情報を消費するわけではない。ただ単に物を消費するのである。

 電子ブックの次にアンテナを並べられると、「これ、並べ方が違うでしょ」という感じになる。
 電子ブックというものがどういうものか知らないが、それがもしパソコンであるなら、ここではパソコンの作り方が、アンテナの作り方と対応する。アンテナにおける情報が、その形状情報だとすれば、電子ブックにおける情報もその形状情報でなければならない。電子ブックがキャッチする(あるいは発信する?)情報について語るなら、アンテナがキャッチする情報について語らねばおかしい。メガネもそうだ。メガネで見る対象が、電子ブックから得る情報に対応する。箪笥ならその中に入っている衣類であり、コップならそれで飲む飲み物だ。
 アンテナも眼鏡もタンスもコップも、それ自体を消費する(何年か後には使えなくなるという意味で)という水準で物を考えるなら、電子ブック(パソコン?)も、物としてのそれが何年かの後には消費され尽して消滅するという水準で考えねばならない。

 物という器と、その用途とは別のものだ。
 ただ単に物として消費される場合、その物に転化されている情報とはその製造方法である。製造方法は使用方法を内蔵しているだろうが、それは隠された情報であり、人は自分の知識からそれを理解したり、使い方を誰かもしくは何かから習うことで知る。
 それに反して、物から得ようとするものが、その物に関する情報ではなく、物が与えてくれるところの、まったく物自体とは関係ない情報である場合、容器に付着したあれこれの情報と、器が運ぶ内容としての情報とを区別せねばならない。
⇒容器に付着した情報、のイメージではなく容器を容器たらしめているものが容器の形状情報である。
容器そのものが【形状情報+物質】で構成されている。
そして容器の効用は容器の形状(情報)と容器の物質的特性の両面で形成されている。
⇒値札の場合:文字情報が札に印字されているのが値札としてのモノである。モノは情報のキャリヤとしての物質。この場合はたしかに情報は札に付着しているイメージである。


 物に関する情報と、物が与えてくれる情報とは別のものだ。
 著者の論ではこの二つの情報を区別できていない。
⇒ここではこの区別を無視して、情報が物質に埋め込まれる様々な形態を類型化して示している。
この区別に関してどこかで議論すべきかもしれない。


 ここが出発点である。ここから情報のさまざまな違いについて見ていかねばならない。
 情報産業と言った場合、その情報のさまざまな(並列的違いではなく)段階的違い、性質的違いについて見なければならない。情報労働という場合に、どういう種類の情報労働かが必要となる。
「情報を実在化する過程でのパフォーマンス労働」という問題については語らないと最初に書いたが、結局そうはいかないようだ。著者が省略してしまったその部分こそが、じつは問題のポイントだったのだ。

(52ページ)
 【5-2 純粋な情報、いわゆるソフト】
 質料を持たない非物資的材として、著者は言語(自然言語以外に、コンピュータ言語、数式、楽譜、図面などを含む)、アルゴリズム、知識、理論などをあげる。
 ここは純粋な情報というよりも、ソフトやシステムとして理解するのがわかりやすいかもしれない。つまり先に上げた、内容としての情報(これが純粋な情報)ではなく、その内容を運ぶための道具としての情報財だ。つまり本にしろ電子ブックにしろ、その内容をそれらのものの上に表現するためには、ソフトやシステムを必要とする。それが自然言語としての文字であったり、コンピュータ言語であったりする。これも情報財だ。

(53ページ)
 【5-3 エントロピー財】
 ここで著者はサービス労働もエントロピーの減少に寄与するので、それはエントロピー財の生産であるとしてマルクス価値説を補い統一する。先に述べたようにこれはマルクスにとって不必要な仕事である。
 だが、著者にとっては、情報財生産労働を(著者の考える)マルクス的労働のうちに抱え込むための必要な手続きであるようだ。
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す