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風見梢太郎「伝言」(「民主文学」18年11月号)

 この人もぼくとあまり変わらない世代で、共感を持って読んだ。とは言え生き方は180度違う。ぼくの人生はめちゃくちゃだったが、この作品の主人公は(そしてたぶん作者自身も)すべてにおいて至極まっとうである。
 71年ころ、大学を出ておそらく電電公社関係と思われる研究所に入る。というのが主人公なのだが、たぶん作者の経歴も似ているだろう。主人公自身の具体的な研究分野は書いてない。研究者だが、共産党員でもある。だが、おおっぴらな活動は控えて、じゅうぶん信頼する人だけをオルグの対象にしていた。もともと好きだった合唱の研究所内グループに入る。ところがある日、グループは解散する。どうやら主人公が党員であることがばれて、攻撃が主人公に来ずにグループに来たらしい。そのグループを拠点に党の影響力が広がるのを恐れたのだ。グループの指揮者でもあり指導者でもあった人は何も語らずにやがて退社し、大学に籍を移す。
 64年の4・17ストの問題。それを契機に電電関係の労組から共産党員が排除されていった歴史に少しだけ触れる。組合がどんどん組合らしさを失っていった時代だ。
 40年経って、現代である。主人公は定年したが、OB登録をしているので、研究所の一部部署に立ち入ることができる。かつて合唱団が練習していた講堂から歌声が聞こえる。若い人々が再び合唱団を始めたのだ。ひょんなことから、いまの若い指揮者が、かつての指揮者から大学で教わった人間であることがわかる。(このへんは小説として読むと少し偶然が過ぎるような気もするが、同じ電信分野の共通する研究分野だろうからあり得ることかもしれない)。そういうつながりから、かつての合唱団指揮者が、どんなつらい気持ちでグループを解散し、研究所を去っていったかということを主人公は知ることになる。タイトルの「伝言」はその若い指揮者から昔の指揮者に、「もう一度あなたの指揮で唄いたい」と伝えてほしいと頼むところから採っている。だが、同時に、若い人々に自分たちのやってきたことを伝えるということも含意しているのだろう。
 文章も構成もいつものこの人の作品らしくしっかりしていて、何よりもやはり71年ということが同世代の共感を呼ぶ。生き方がまるで違っても、時代の空気は一緒である。
 そういう時代だったのだ。学校にも職場にも党員や民青が大勢いて、「民青恐るべし」という本がベストセラーになり、いろんな形で弾圧された時代である。
 いま、そういうあからさまな思想弾圧のようなものを目にしなくなった。しかし、それはどこにも党員や民青がいなくなったからなのだ。弾圧したくてもする相手がいない。
 これは単に共産党の退潮というローカルな問題ではない。社会そのものが大きく変化している。たとえば朝日新聞が左翼であるとして攻撃されるような、そんなこともひとつのシンボルである。
 むかしの尺度ではとらえきれないようなことが起こってきている。
 そういうことにまで目をやろうとすると、これは短編小説では書ききれないテーマである。
 いまの若い読者にどう読まれるかということはひとつの課題ではあるが、ぼくとしては感じることが多かった。
 ひとつだけ気になったのは、主語の問題。主語が几帳面に書かれている。欧文脈に慣れている人の文章だ。ぼくもどちらかというと翻訳小説ばかり読んできたので、主語を省かない傾向がある。しかし日本語は主語がなくても成立する言葉である。日本文学の文章としては、出来るだけ主語を省くほうが聞きよいような気がする。
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