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スベトラーナ・アレクシェービッチ「チェルノブイリの祈り(未来の物語)」

 この本についてぼくの言えることは何もない。
 1986年4月26日、32年も前の出来事だ。なのにそれについて書いたものを初めて読んだ。恥ずべきことだろう。おそらく膨大な本がすでに出版されているはずだ。
 この本は事実関係にはほとんど触れていない。しかしそのわずかな記述にさえ、ぼくの知らなかったことがたくさんあった。
 89年が東欧市民革命、91年がソ連邦の崩壊だから、その直前の出来事、すでにゴルバチョフの時代である。
 ゴルバチョフは、ソ連邦解体を軟着陸させた偉大な男だとぼくは思っているが、その彼の下でさえ、チェルノブイリ対策はおよそ考えられないくらいにメチャクチャだった。共産党支配下の社会体制の無責任ぶりを見ると、日本社会がとても健全に見えるほどだ。
 だいいち放射能の何であるかを、かの地の国民はまったく知らない。そういう状態なのだ。
 だが、その日本でも、いまだに原発をやめようとしない。大陸でさえあの惨状なのに、逃げ場のない小さな島国でどうするつもりだろう。

 この本に書かれているのは、あの災害に巻き込まれたさまざまな立場の人たちの、語る言葉である。老若男女、お年寄りから子供たちまで、何十人もの人々が自分の体験を語っている。抽象的な話ではない。具体的な体験である。だが、単に外的体験のみではない。その精神に受けた体験をこめて語っている。
 彼らは観察者ではないのだ。当事者なのだ。自分たちの命に関することなのだ。そこで人生が終わってしまうという問題なのだ。
 語っているのはいずれも普通の人々だが、当事者たちの語る言葉は、いつか哲学的な深みを持ってこざるを得ない。
 そういう意味でこれはすぐれて文学なのである。

 ぼくらはすでに「渚にて」を持っている。あれも万人が読むべき本だが、これもそうだ。
 あれは小説で、これはドキュメントだが、どちらも必読の書である。

「訪れては、語り合い、記録しました。この人々は最初に体験したのです。私たちがうすうす気づきはじめたばかりのことを、みんなにとってはまだまだ謎であることを、でも、このことは彼ら自身が語ってくれます。
 何度もこんな気がしました。私は未来のことを書き記している……」
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