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紙屋川

 紙屋高雪の名を初めて見たのは、浅尾大輔が責任編集をしてかもがわ出版から出していた「ロスジェネ」誌上だった。それはぼくが退職して文学に戻り始めていたころだ。赤木智弘や雨宮処凛が登場した刺激的な時代だった。渥美二郎もその誌上で初めて読んだ。あの雑誌には面白い人間がそろっていた。
 いかにもペンネームぽい紙屋高雪という名から、この人は京都に違いないと思った。紙屋川の高い雪なら京都だ。案の定、京大だった。しかし本名が神谷貴行だというのは意外だった。でもないか、ペンネームを使いたくなったわけが呑み込めるような(堅苦しい)本名だ。
 で、きょう書きたかったのは、紙屋高雪のことではない
 紙屋川のことだ。
 それは都市の、民家の密集しているあたり、少し広い道路の地下へと潜り込んでいく、コンクリートの深い谷間の、はるか底の方を流れている川だった。
 そのいかにもアンバランスなありようが印象に残った。つまり、都市空間に峡谷を持ち込んだような。あるいは秘密基地のような雰囲気。
 それがどこの通りだったのかが思い出せない。そんなに何度も通った道ではない。だからよけい記憶に刻まれた。北大路通か、いや待てよ、もっと狭い道だったような気がするぞ。
 地図で調べてみると、北大路のようだ。北大路が西大路へと南に90度曲がる少し手前のところで、紙屋川が道路の下へもぐりこんでいるようだ。ぼくはたぶんその通りの北側の歩道を西に向かって歩いた。川はコンクリートの深い峡谷となって北の方角から流れてきて、道路の地下へと潜り込んでいた。
 川の名前が印象に残ったのは、たぶんそのあたりに表示があったのだろう。強く印象付けられながら、どういうわけかぼくはその川のことをそのポイント以外には何も知らなかった。二三日前まで知らなかったのだ。
 今回初めて地図をあたってみる気を起こした。すると、それは光悦寺を通って鷹峯を流れ落ちてくる川なのだ。ぼくは北大路から坂をてくてく登った鷹峯にいっとき下宿していた。光悦寺よりはかなり下だったが。
 その下宿のすぐ裏に開けた河原があって、ときどき散歩した。それが紙屋川だったのだ。そのいかにも山のなかののんびりした感じの川が、北大路まで下るとコンクリートの深い峡谷となり、やがて道路の地下に潜り込む……
 ぼくはそのことを知らなかっただろうか。わからない。紙屋川として覚えているのは、コンクリートの峡谷だけだ。知っていたのかもしれないが、記憶として残ったのは、別々の川としてだ。
 その上今回初めて知ったのだが、この川はやがて北野天神に流れ込んで天神川と呼ばれることになる。ぼくは北野天神も何度か参ったが、そこに川があったという記憶がない。
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