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「時の行路」の条件

 あいかわらず毎日、町内会関係でふりまわされ、それでも、まだ現役で働いている人たちに比べれば当然時間はある筈なのだが、不器用なたちなので、なかなか文学に戻れない。
「続・時の行路」もまだ来ていないのだが、「チェルノブイリ」もまだ読み終えていない。

 それでも頭の中ではあれこれと考えている。
「時の行路」にはいくつかの条件があったと思う。
1、新聞連載である。
 このことは作品に対してかなり大きな制約となるのではないか。ぼくは連載を読んでなくて本だけなので、どこでどう切れていたのか、どうつないだのか、また本にする際に手を入れたのかどうか、ということはまったくわからない。
 新聞連載というのは、たいへん少ない字数でともかく毎回形にせねばならない。思っただけでも難しそうだ。
 漱石作品はどれも新聞連載なのだが、ぼくらは本で読む。ところがこの数年、朝日新聞が一連の漱石作品を昔のとおりに連載した。
 その時に「おや」と思ったのは、「門」だ。本で二回は読んでいるが、どうにもぴんと来ない作品だった。それを新聞連載で毎日少しずつ読むと、それなりに面白いのだ。
 つまり新聞連載用に書いた作品には、それ特有のスタイルがあって、ものによっては本では読みにくくなるということもあるだろう。

2、現在進行中の事件を、そのさなかに、事件の進行につれて書いている。
 これもまた、たいへん大きな制約だろう。
 制約というはおろか、ちょっと考えてみれば、まるで不可能な冒険に思える。どう進んでいくかわからない事件を追いながら、しかもドキュメントとして書くのではない。フィクションを創り上げるのだ。だがまるきりフィクションになってしまうわけにはいかない。あくまでも事実に沿わねばならない。
 スベトラーナ・アレクシェービッチは「チェルノブイリ」を書くのに10年かかった。
 彼女は事件後すぐ現地入りして取材したが、そのときには書けなかった。その間にチェルノブイリに関したくさんの本が出た。彼女は10年経ってやっと書いた。
 田島一には、おそらく10年待てないという気持ちがあったのだろう。労働者たちが徒手空拳で大企業相手にたたかっている。これを側面援助したいという気持ちが彼に筆を執らせたのだろう。

3、そういう意図があるから、これは単に文学的完成度だけを求めるわけにはいかない小説なのだ。
 ある意味では事実報告である。さまざまなケースを出来るだけ忠実に報告せねばならない。
 実際あのときさまざまなケースが起こった。田島一はそれを一つ一つ掬い上げていく。
 だから「ノーマ・レイ」のようには書けないのだ。たった一人の人物に絞るわけにはいかないのだ。

4、なぜ小説なのか。
 この疑問がどこまでもつきまとうが、いまの日本ではドキュメントがほとんど読まれないと言われている。その事情が関係しているだろうか。ぼくにしても、新聞雑誌の取材記事は読むが、本としてのドキュメントを読んだ記憶がない。「チェルノブイリ」が初めてのようなものだ。
 読まれるためにドキュメントをやめて小説にする、というようなことがあるだろうか。だが、小説にしたら読まれるのだろうか。
 歴史に関しては、ぼくはあまり小説を読まない。むしろ岩波新書を好む。作家が作ったものよりも、学者の研究成果の方が面白い。もちろん学術論文ではなく、素人向けの解説書だが。
 小説によって知識を得ようとは思わない。小説にはもっと違う役割があるだろう。
 でも、小説のほうが読みやすい、とっつきやすいという読者がたぶん大勢いるのかもしれない。その人たちに向けて小説で書くということも求められているのかもしれない。
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