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チャンドラーと心の声

 チャンドラーは、場所を書き、人物を書き、行動を書き、セリフを書き、表情を書き、しぐさを書く。では、心のなかは一切書かないのか、というとそうではない。これはわりと誤解されているのじゃないか。チャンドラーも心のなかを書く。ただし書きかたが自然主義の小説とはまったく違う。
 自然主義の作家たちは登場人物と作家とを混同してしまう。登場人物の心のなかを、地の文に直してしまう。それは人間のほんとうの心のなかとはなっていない。作家が書き換えた心のなかに過ぎない。
 チャンドラーは例えば次のように書く。

 エンシノ街のうしろの丘の茂みからは、燈火がもれていた。映画スタアの屋敷だ。何が映画スタアだ。ばかばかしい。ベッドの数を重ねた強者じゃないか。待て、マーロウ。今夜はどうかしているぞ。
(4行略)なぜ、みんな、ここで食事をするのであろう。家庭で食べればいいではないか。君と同じことさ。食いもの屋を牛耳っている親分に、うまい汁を吸われているんだ。また、始まったな。今夜はどうかしているぞ。マーロウ。
(7行略)百貨店のようなカリフォルニア。なんでもあるが、ことごとく、くだらない。また、始まった。今夜はどうかしているぞ。マーロウ。
(11行略)負けるべきでないものが負けるということだけだ。そんなことが、私の仕事なのだろうか。いったい、私の仕事は、どういうことなのであろう。私にはわかっているのであろうか。いや、そんな話はもう止そう。今夜はどうかしているぞ。マーロウ。今夜だけではない。いつでも、どうかしているじゃないか。
(4行略)待ちたまえ。映画界にも、いい人間がいるんだぜ。君の態度はまちがっているぞ、マーロウ。今夜はどうかしているんだ。

 2ページにわたって、フィリップ・マーロウの独白である。誰に対してしゃべっているわけでもない。心の声である。「今夜はどうかしているぞ、マーロウ」と5回繰り返している。マーロウという人物が心のなかでぼやいている言葉を、そのまま文字にしている。
 人間の心のなかとは実はこのようなものであるはずだ。脈絡のない言葉の連なり、繰り返し、行きつ戻りつ。作家は人物の心の声を忠実に写し取るだけである。

 こういうものを読んでしまうと、漱石の「こころ」など、ばかばかしくて読めなくなってしまう。人間の心はあのような整理された言葉にはできない。もちろん、あれは手紙だから、他人あての作られた文章にならざるを得ない。だが、それを読まされるのは、手紙の宛先人ではなくて、小説の読者なのだ。読者に宛ててああいう文章を書いてはならない。書き換えられた「こころ」を提供すべきではない。

 漱石は自然主義の作家から通俗作家呼ばわりされる作家だが、それでも自然主義の作家たちと共通した欠点を持っている。

 ちなみに、これは「かわいい女」からの引用である。



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