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「零地帯」第2号 その2

田中克人「穂を摘む鷹」

「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」の若泉敬である。もっとも主人公は敬ではなく、敬の身近にいたとする、おそらく架空の人物で、フィクションなのだろうと思う。
 京都の左翼学生の間では、若泉敬は高名な悪人だった。アメリカ帰りの政治学者で、京都産大教授、その創立に尽力した。京都の大学がみな左傾化したので、右翼の楔を打ち込むためだと言われた。若泉はCIAのスパイであるという噂だった。
 とはいうもののぼく自身は日本政治の実際にそんなに興味があったわけではないので、それ以上には何も知らなかった。
 72年の沖縄返還に際し「核抜き本土並み返還」と宣伝される裏で、非常時核持ち込みの密約が結ばれていたという話はいつのころからか耳にしていたが、佐藤首相の密使として外務省も抜きにしてこの交渉に当たっていたのが、まだ40そこそこの若泉敬で、1994年「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」という書物にすべてを暴露し、1996年、青酸カリで自殺した、ということをぼくが知ったのは、かなり後のことだ。「へえ~、あの若泉が……」と、たいして知っていたわけでもないのに複雑な思いがした。
 田中克人による小説は、河原岳男という新聞記者が主人公だ。沖縄特派員から帰って来て早々、元官邸キャップの先輩記者に呼ばれて、赤坂の一流料亭で若泉敬(作中では敬太郎)を紹介される。沖縄の人々の実情が知りたいという。河原は自分の見聞きしてきたことを熱心に話して、若泉から人物を信頼される。極秘の交渉をしていることも打ち明けられて、何度か会合を持つ。だが、交渉の内容を語ることはなかった。72年5月沖縄は返還された。
 10数年後というから80年代の後半か、密約の噂が立ち始めていた。河原は若泉とは無関係に、自分の知り得た情報の分析から、密約はあったという論文をペンネームで発表する。発表した雑誌に圧力がかかる。著者名を明かすことを社長の松田が拒否すると、広告が減り始める。電通(作中では電博)から広告を出せないという通知が来る。雑誌社存亡の危機だ。松田が電通を訪ねると、電通取締役大森岩男は松田に対して暗に、著者名を明かせと示唆する。
 翌日電通の使いが来て、「昨夜神保町のバーでご一緒だった方ですね、うなずいていただければすべて終わります」という。松田はうなずく。昨夜河原と会った時、名前を明かしてもよいと河原から言われていたのだ。
 広告はすぐに元に戻った。河原は現場記者から編集担当に格上げした。というのは名目で、事実上仕事はなくなった。内職原稿や講演依頼で懐は潤った。
 河原にとっては、圧力をかけてきた電通専務が大森岩男であったことがショックだった。大森は中学高校時代の親友であり、大森の父親は気骨のジャーナリストで、河原がその道に進むきっかけを与えてくれた人だった。
 1996年、河原と大森はあるきっかけで出会うことになる。そこで大森は意外なことを打ち明ける。
「雑誌社の松田を尾行はさせたが、店の名前だけ確認させてすぐに帰らせた。相手が誰だか知る必要はなかった。自分にはわかっていた」
 そしてそれは、
「論文の著者をその文脈の癖から当てることができないかと考えて何度も読んだ。その結果気づいた。あの論文のロジックは親父のロジックだ。そしてそれを受け継いだのは、河原、おまえだ」
「おまえは執筆者が俺だと気づいてどうしたのだ」
「政府関係者に真顔でこう言った『彼は消しました』とね。その男は真っ蒼になって帰っていったよ」
 そうしておいて、大森は新聞社に圧力をかけて、河原を現場から外させたのだ。
 その話の後、大森が置いていった新聞を河原が何気なく見ると、若泉の自殺が報じられていた。その写真には大森が涙を落したらしい跡があった。

 じつに突拍子もないミステリーで、良質のエンタメと言ってもよい。もちろんフィクションだろうが、もしかしたらあったかもしれないと思わせるものがある。
 日米間を何度も往復して、佐藤栄作とキッシンジャーの間をつなぐという程の人物が、沖縄の情報を一新聞記者から得ようとしたというのはちょっと現実性に欠ける気がするが、外務省にも秘密の仕事、首相本人以外誰も知らないという任務であれば、極端に孤独な立場だったとも思われ、後に真剣に悩んで、沖縄県民にお詫びするという遺書を残して死んだという誠実な人物なのだから、ひょっとするとあり得たかもしれないと思わせるものがあるではないか。
 作者は河原に、若泉は誠実な男だったが、「その純粋な大和魂に少し不安を感じていた。政治とは絶対に両立しない純粋な思想を持った学者だと思った」と言わせている。
 自殺という解決方法に対する作者の批判でもあろう。
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