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「分断と共同」再々論

 この作品を読んでいない人に誤解を与えると困るので、念のためにもう一度書くが、面白い小説なのである。作者の主張も基本的に同意できるのだ。
 おもしろいという点で言うと、(ヒントになった事実があったのかもしれないが)基本的にフィクション性の高い小説であるように感じられる。それがかなり読者を納得させる内容となっている。
 左翼系の週刊誌の若い女性記者だとか、その同僚、定年後も大学で教えている昔左翼の父親、そして人権活動家のセレブ女性、こういった人物をうまく描写している。モデルがいるのかいないのかわからないが、こういう描写は簡単ではない。下手をすると作り物になる。作者はうまく描いている。
 この作者は何年か前、「民主文学」の新人賞佳作になったが、それは醤油工場を書いた作品で、携帯電話が出てくるのに、描かれた状景は半世紀むかしを思わせる内容で、いかにもアンバランスであった。だから、今回の作品には驚いたのだ。現代が描けている。
 文章は整いすぎていて、小説向きではないような感じがしたが、それも内容に引き込まれて読んでいくと気にならない。
 女性記者が三鷹事件の現場を歩く場面などは、作者が実際に歩いてみて書いたのだろう。松本清張への疑問を暗示してそれ以上突っ込んでいないのだが、好奇心をそそられる。

 ぼくが違和感を持ったのは、何回も上げた二つのセリフで、それは繰り返さない。
 権力の側からの「分断」がなかったとは言わない。小泉政権下で繰り広げられた公務員叩きは典型的なものだった。それは民主党も維新もやった。悪いのは公務員と教員だというキャンペーンが繰り広げられた。また連合が(それはもともと実質的に会社側の組織なのだが)、組合というものへの国民の一種の反感を抱かせる役割も果たしたように思う。
 さまざまな現場での思想的閉め出し、締め付けは現実に広範にある。だんだんひどくなっているのもそうだろう。だが、そこに権力の組織的な力が働いているのか、というと疑問がある。むしろ例の「忖度」で現場が自主的にやっていることも多いだろう。
 そういったことを含めて、社会に同調圧力が強く働いており、みんな仲良くしようじゃないか、という感じで異論を排していく、それを「分断」と呼べば分断なのだが、社会の保守的な側から言うと、左翼が「分断」を持ち込んでいるじゃないかと映る。

 同調と分断が表裏一体の関係にある。作者は分断の側から見、ぼくは同調の側から見た、ということなのだろう。
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3:分断と結束 by 植田与志雄 on 2018/03/03 at 09:23:34 (コメント編集)

表裏一体の分断と結束、小説とは無関係に少し乱暴ですがサヨクとウヨクに分けて考えてみました。松尾匡さんは「サヨクは社会を上下に分けて捉えて下に寄り添う、ウヨクは国の内外に分けて内ファーストである、互いに分け方が違うから話が噛み合わない」と言います。この区分けで分断と結束を考えてみると、①サヨクは階級史観によって資本家と労働者の区分けを社会の本質と見て労働者の結束の正当性を主張する。この区分けは国を超えたインタナショナルなもので、国の内外を分けるのは労働者を分断するものとしてこれに反対。②ウヨクは世界は国単位で動いていると見て国内外を峻別して、国内の結束を重視し、階級史観は本来は結束すべき国内に分断を持ち込むものとしてこれに反対、となると思います。当然ですが結束させたい集団を分断するのには反対し、結束させたい集団の境界を明確にする分断化は推進する。何を異論として排除するか、何を仲間として連帯するか、どこを分断しどこに同調するか。大胆に言えば、社会を動かす根源をどこに求めるか、人間の内部にか外にか、この違いが異なる区分けをつくっていると思います。

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