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「分断と共同」再論

 自評を読み返してみて、後半部分が伝わりにくいと感じたので、書き直してみる。
「今、権力は市民が結束することを極端に恐れているのよ。市民を分断しようとしているのね。小さい芽でも早く潰そうとしているのだと思うわ」
 このセリフに実感を持てないのだ。これは主人公の同僚である女性記者の発言だが、ほぼ作者の意見と言ってもよいだろう。
 小説全体として語っているのは、
「さまざまな意見の違いがあっても、いまはそれを横に置いて、暴走する政治を食い止めるために結束せねばならない」
 ということであろう。ぼくもそれには賛成なのだ。
 だがそれはこちら側の問題なのではないか。たたかう側の分裂は今更のことではない。ずっと分裂していたし、だからずっと負けてきた。このままこちら側が分裂したままでは、危ないところまで来ている、ということだろう。
 さらに物語が語っているとおり、セレブとでも団結できる、ということなら、それは今まで考慮したことのない相手とだって結束を考えねばならないということであって、やはりたたかう側の問題なのである。いま新たに権力の側がこちら側を分裂させようとしているわけではない。 
 地方の学校に、この小説にあるような問題が起こったとしたら、それは上のようなセリフで語られるべきことなのか。そういう問題は当然起こり得るとは思うが、それでもそれは、「権力が極端に恐れている」「分断しようとしている」「小さい芽でも潰そうとしている」などという大げさな言葉で語られるようなことなのか。
 はたしてそこまでたたかう側は力を持っているのか。権力を恐れさせるようなたたかいの力とやらがどこかにあるのか。そういう認識に至れば、彼らは分断に力を注ぐかもしれない。だが、いまは逆である。国民はすでにバラバラなのだ。彼らはむしろそれを嫌がっている。国民を結束させたがっている。だから愛国心を煽り立て、助け合いを強調している。
 結束は両刃の剣なのだ。それは権力の側にも武器となり、反権力の側にも武器となる。
 分裂はとっくに現実であって、いまさら誰かが誰かを分裂させようとしているのではない。経済の現実が、資本の行動が、人々を分裂させて来たのだ。そしてイデオロギーの分野では、権力は人々をむしろ結束させようとしている。それはバラバラになった社会からの当然の欲求に応えることでもある。だから、浸透しやすい。
 なぜ結束させたいのか。現実にはバラバラであるということを忘れさせ、せめて心の中だけでも、つながれているという感覚を持たせたいからだ。いまの社会の現実から目を背けさせたいからである。

「現在の日本社会は市民を分断する動きが顕著になっている。市民を正と悪とに色分けしてその対立を煽る。役立つ人間と無駄な人間を分ける。この傾向が進行すると恐ろしい社会が出現するのではないか」
 これはセレブ女性の人権団体の文章である。セレブ女性が書いたにしては、表現が幼すぎないか。
 主人公の同僚記者の言葉(それは口頭表現だからよいとしても)と、この文書表現と、どちらもに「分断」という単語が使われ、それが間を置かず出てくることが気になるのだ。
 さまざまな問題を、さまざまな問題としてそれぞれ具体的に論じていくべきときに、すべてを一緒くたにして一言で済ませてしまおうとしていないか。

 もっとも、ぼくが気になっているのはこの「分断」に関わる表現部分だけであり、それは単なる表現の問題にすぎないかもしれないし、あるいは認識上の問題でもあるのかもしれないが、いずれにせよ、作品全体は評価している、ということは言っておきたい。

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