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大浦ふみ子「燠火」(「民主文学」18年3月号)

 オキビはふつう熾火と書くので、こういう字もあるということは知らなかった。だが話の内容からいってたぶんそういう意味だろうと類推して読んだ。あとで調べると同じ意味だった。
 かぐや姫の話である。竹林に生まれ育って、あらゆる男からの(?)プロポーズを拒否して、やがて月へ旅立とうとしている。
 だが、このかぐや姫はじん肺である。9人兄姉の末っ子として生まれ、母親はその産褥で月に旅立ち、「おまえのせいだ」と父親から疎まれて育ち、15歳から65歳まで半世紀の間、長崎造船所で石綿を扱う下請女工として生き、いま75歳。長崎は坂の上に家がある。いまのところは杖をつき休み休みでも登れるが、じん肺が急速に悪化しそうな予兆がある。
 造船所は下請工に対して補償をしていない。裁判を起こそうという動きが出てきて、かぐや姫も誘われる。元の同僚たちが次々亡くなったり、酸素吸入器を使っている。そういう一人の家に集まり、その同僚の孫娘の大学生から「女工哀史ね」と言われたかぐや姫は反発する。
「仕事はきつかったし、給料は安かった。でも女工哀史とは思っていない。年休を貯めて年に一度は海外旅行へも行った。仕事は生きがいだったし、誇りだった」
 原告団に入らないかと言われて、「裁判して身体が治るわけじゃなし、もう何年も生きられないのに金をもらっても仕方がない」
 その言葉に今度は元同僚たちが反発する。「そうか、あんたはずっと独り身で、好きなように生きてきたもんね。でも私たちは子供や孫に金が要って四苦八苦している」
 かぐや姫が縁談をすべて断ってきたのは、父親から虐待されて男が嫌だったし、母親のように9人も子供を産まされて、そのせいで死にたくはなかったからだ。自分の人生を納得できるように生きたかった。そのために仕事も頑張ってきた。
 さて、むかし彼女に恋をして大量のラブレターをよこした後で自殺した男がいた。その男の同僚だった人物が、いまや老人だが、裁判闘争のオルグに来た。その話で、男が自殺したのは失恋のせいだけではない、組合分裂のとき、御用組合に移るのを拒否して、勤労課勤務から溶接現場に左遷され、現場労働になじめずに悩んでいたのだと。
 はじめてその話を聞いたかぐや姫は、自分が何も知らずに男を見捨てたことを悔いる。彼女も男に恋していたのだ。
 というわけで、主人公の若かりしころの恋物語が、ずっとモチーフのようにしてストーリーの背後にある。このことがこの小説を膨らませている。
 小説つくりのうまい人なのだ。文章もうまいが、女性の書き手はたいてい文章はうまい。男の書き手にはぎこちなさも目立つが、女性にはめったにない。だが、この人は文章がうまいだけではなく、小説のつくり方もたいへんうまいのだ。
 この作家には、かつて佐世保を舞台に、大人の恋のすれ違いを描いた作品があって、まるでジッドの「狭き門」を読むような美しい話だと思った覚えがある。つい最近も「民主文学」誌上に連載をたしか書いていた(と思う)。読みたかったが、逃してしまった。
 今回は、じん肺訴訟という硬くて面白くない話になりそうな題材に、燠火のようにくすぶり続ける若い日の恋への後悔を絡ませることで、見事な作品に仕立てている。
 幾人かの患者たちが登場するが、単に患者、単に元労働者、として書かれていない。一人一人の個性の描きわけがたくみである。人物が生きている。原告団に参加すると主人公がすぐに言わないのもいい。でき話にしてしまわないのだ。人物間に適度な緊張感がある。でき芝居にはなっていない。

 というわけで面白く読んだのだが、ラストで惜しいミスを犯したのではないか。――むかしもらって読まないまま、さりとて捨てることもできずにとっておいたラブレターの束、かぐや姫がこれを読むのはよい。だが、その内容は書いてほしくなかった。自殺のいきさつは元同僚の口からすでに聞かされている。だから、その上ラブレターのなかで故人にしゃべらせなくてもよかった。読者がそれぞれに想像するだけでよかったのである。
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