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瓶の小鬼

「宝島」「ジキルとハイド」のスティーブンソンに「瓶の小鬼」という小品がある。若い男女のロマンスをからめた物語で、高校時代に文庫で読んだが、印象深くて、忘れられない物語だった。
 80年代末の株式暴騰のときにふとそれを思い出した。当時勤務していた製鉄所の下請け会社には、製造業の不調を反映して親会社の製鉄所から放擲された労働者たちが大量に天下りしてきていた。彼らは製鉄所の株を持っている。それがみるみる何倍にも上がっていくので大喜びしている。
 だが、株が上がっていくのは、製造業がだめになって、設備投資するところがなくなってしまったからで、つまりは不況の結果なのである。使い道を失った金が株に殺到している。設備は商品を産み出すが、株は何も生まない。高く転売するつもりで買っているだけだ。もちろん永久には上がらない。これ以上上がらないと誰かが考えた瞬間に暴落するのは目に見えている……とぼくは思っていたが、彼らは思っていなかったようだ。
 これはまるで「瓶の小鬼」だ、とぼくは思った。それは以下のような物語である。
 若い男女がいて、小さな瓶を買う。その瓶には小鬼が住んでいて、願い事をかなえてくれる。だが生きているうちにそれを売ってしまわないと、地獄に落ちる。条件があって、瓶は買ったときより安くでなければ売ることができない。そういう説明もしなければならない。高く売っても舞い戻るし、捨てても舞い戻る。騙して売ればもちろん舞い戻る。ちゃんと説明して、安く売ることだけが救われる道である。
 男女は首尾よく願い事をかなえ、安く売ることもできた。それで終わればよかったが、どうしてもかなえてもらいたい願い事がまた出来てしまった。そこで探しまわって、なんとか見つけた。だが、短い間に瓶は何度も転売を繰り返したと見えて、たとえて言えば、百円だったものがいまでは一円になっていた。これを買えばもう売ることはできない。だが、男は女のために地獄行きを覚悟してそれを買う。女がその事情を知って、植民地へ行けば一円より安い貨幣がある(銭という単位がある)ので、そこへ行って、男に黙って代理の者を使って瓶を買いとる。つまり自分が地獄行きを引き受ける。今度は男がそれを知って、女に内緒で買い戻す。そういうことをしているうちに、とうとう瓶の値段は二銭まで来てしまった。もう一銭でしか売れない。買った人は確実に地獄行きだから買うはずがない。だが二人の前に第三の人物が現れ、自分はさんざん悪いことをしてきたからどうせ地獄行きだ、同じことだから願い事をかなえてもらったほうがよいと言って買い取ってくれる。
 せつない愛の物語で、ハラハラさせられるが、最後はうまくハッピーエンドになる。でも、これは物語で、現実はそうはいかない。
 百円のうちは、一円まではまだずいぶんと間があるのだから、売れるはずだと考える。そう考えるから買う。だが、尻は切られており、最後には必ず売れなくなる。最後に買った人が地獄に落ちる。どこが最後かは誰にもわからない。理性的に考えれば、百円でもすでに最後かもしれないのだ。
 株も一緒だ。最後に買った人が地獄に落ちる。ぼくはそう言って、多少の株を持つ同僚に、いますぐ売ることを勧めた。その人も疑心暗鬼になって全額売り払った。ところが株はまだ上がり続けた。ぼくは勧めるのが早すぎたかなと悔いた。だが、暴落はすぐに来た。あれよあれよという間に製鉄所の株も何分の一かに下がってしまった。ほとんどの人はただ呆然として売りどきを逃してしまった。ぼくの助言は少し早すぎたかもしれないが、概ね的確だったのだ。

 さて、いま、株価は再び不安定になってきた。暴落の始まりかもしれないし、そうではないかもしれない。確実に言えることは、いつかは暴落するということである。とりわけ日本の場合は悲惨である。「年金基金で買った株がアベノミクスのおかげで高騰している。みなさんの年金はこれで大丈夫です」と安倍君は肩をそびやかして自慢したが、それは含み益(帳簿上の金額)に過ぎないのであって、売ることのできない株、手に入れることのできない現金なのである。何故なら日本株上昇の大きな要因が、日銀による大量購入と年金基金による同じく大量購入であり、どちらも売れば株は下がる。売ることはできない。したがって存在しない金なのだ。

 これがスティーブンソンが我々に残してくれた教訓である。
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