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モチーフに関する一考察

 モチーフというフランス語は、音楽や絵画については昔から目にもし、耳にもしてきた。しかし、小説に関しては、たまにちらっとかすめるような形で触れられることはあっても、ことさら強調されることはなかった。ところが最近民主文学の評論家たちが盛んにこの言葉を用いるようになり、それに対して違和感がある。
 というのはこのフランス語が単に創作衝動というくらいの意味合いで使われているからだ。それなら何もフランス語で言わなくてもいい。民主文学以外の日本社会で、このフランス語はもう少し違う意味で使われている。
 音楽では、繰り返し現れてくる小さな旋律の一単位である。美術では、たとえばフェルメールで言えば、彼の全仕事的には光であったり、あるいは「真珠の耳飾りの少女」に特定すればもっと直接的に耳飾りそのものであるかもしれない。
 詩の場合は、ポーで言えば、「大鴉」ならカラス、「アナベル・リー」ならアナベル・リーがそのままモチーフであるという気がする。(かなり独断的に言っている。異論もあろうが、モチ-フという言葉の使われ方の例示として言っている)。
 小説の場合、例を探すのが難しい。
 要するに何を言いたいかというと、モチーフというフランス語の元来日本で使われてきた用例は、動機とか創作衝動とかいう日本語にはなりにくい。
 素材があり、テーマがあり、プロットがある。動機と言った場合は主意的な意味が強くなる。テーマとはまた違うとしても、テーマとの親和性がある。それは、表現以前的なイデアである。だがモチーフは、表現上の素材に密着したものとして現れる。モチーフは、その作品を構成する表現上のかなめとなる要素、という意味合いが強い。音楽、美術、詩の世界では、素材の中のポイントとなる部分、作者にその作品を造らせた表現上の動因となった一素材を指す。
 これを小説で例を探すというのは難しい。
 だが、強いて言えば、「異邦人」なら、太陽がモチーフかもしれないし、あるいは母がモチーフかもしれない。その二つのイメージは音楽において繰り返し出てきてその音楽を特徴づける旋律のように、「異邦人」という作品のバックミュージックのようにしてずっと作品を特徴づけている。
 小説においてモチーフという言葉を使おうとすれば、そういう使い方をせねばならないのではないか。
 それを動機と翻訳できないと言っているわけではない。だが芸術を造ろうとする者にとって、動機を表現上の動因と切り離すことは難しい。作者は単に何かを主張する器として表現手段を利用しようとするわけではない。表現者にとっては表現そのものが第一義的な目的なのであって、何かのために利用される対象ではない。その表現そのものが彼の主張なのだ。どのように表現するかということが主張なのである。
 日本語で動機と言ってしまうと、動機のなかのそういう側面、表現上の動機という側面が、切り捨てられてしまうように思える。
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