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こうの史代「この世界の片隅に」

 これも、記憶を書いた作品である。と同時に今回、小説とは(これは小説ではないが、小説とも共通することとして)生活を書くものなのだ、といまさらではあるが気づかされた。そうしてたとえば身のまわりのアマチュア同人の書くものを振り返ってみても、女性作家には丹念に生活を書き込んだものが多い。男のほうは、どちらかというと観念に傾いてしまう。特にぼくはそうだ。しかし読者の立場に立てば、小説で理屈を聞かされたってちっとも面白くないのであって、やはり人間の生きる姿を見たいのだ。
 というふうに考えると、ぼくは小説家には向いてないな、と思ってしまう。ぼくは生活なんか書きたくない、理屈を書きたいのだから。
 そしてまた「記憶」という言葉にも引っかかってしまう。福岡伸一にとって記憶が生命だとしたら、ぼくにとっては忘却が生命なのかもしれない。
 ということは、まあ、置いておこう。

 福山駅前のホテルの屋上で、星空の下の映画祭が開かれた。「この世界の片隅に」をやるというので観に行った。
 というのは、映画館で観るつもりにしていたのが、予定していた日に次々用が入って行けなくなってしまい、ま、いっか、じきにツタヤに置くだろう、と諦めていたら、この企画が舞い込んだのだ。
 福山に住むようになって7年半(妻は6年)だが、住んでいるのはとんでもない山の上なので、福山の街なかのことはほとんどわからない。それで目当てのビルを間違えて、あたふたした。(企画の載っていた新聞をぼくが廃品回収に出してしまったせいだと、さんざん叱られた)。
 屋外なので暗くならなければ上映できないのだが、まだ明るいのに慌てたのは、定員いっぱいになると入れないということだったらしい。
 着いてみると、テーブルも椅子もない。たいして広くない空間で、片側に大きなスクリーンを組み立て、その前の芝地のようなところにそれぞれ敷物を敷いて場所取りをしている。まだ少人数しか来ていない。夕食をやりながら映画を観るのだというから優雅なことを想像していたら、夕食というのは屋台だ。あまりうまくない焼きそばと、思いっきりまずい「懐かしの」カツサンド(むかし映画館で出していたものを再現したそうだ。再現しなくていいのに)。ビールも売っているが、万一運転を代わる場合のことを考えて我慢する。
 食べながら見渡すと、はしのほうに椅子席が少しある。さっそくそこに移動したのは正解だった。二時間待った。徐々に人が増えてくる。老若男女を問わず来る。高校生も多い。だんだん日が落ちて寒くなってくる。(結局風邪をひいた)。そのうち妻が「カレーとビールを買って来い」という。ぼくは用心して免許証だけはポケットに入れていたが、メガネを忘れた。老眼が進んだせいで近眼が治り、メガネなしで更新できるようになったが、夜はメガネなしでは少し怖い。そう言ってビールをあきらめさせた。何故メガネを忘れるのかと、また叱られた。カレーは売り切れだった。
 トイレはホテルにある。エレベーターの横のフランス窓から入るとホテルのフロントだ。どうやらここからさらに上がホテルになっているらしい。うろうろしていると受付のお姉さんが場所を教えてくれた。
 少し暗くなるといろいろな映画の予告編を始めた。何回か予告編をやっているうちに時間が来た。さして広くない屋上だが、すでに満員である。
 メガネは忘れるし、耳はもともと悪いのだが、スクリーンも大きく、音も大きいので、問題ない。屋上に面したホテルの部屋は数えるほどしか明かりがついてない。窓を開けて映画を見ている人もいた。星空といっても、街の明かりで星は見えない。
 映画が終わって監督が出てきた。インタビューに答えてかなりの時間しゃべったが、残念ながら、これは顔も見えず、声もほとんど聴きとれなかった。
 聴きとれないなりに洩れ聞いたのは、「戦前戦中の日本にも普通の生活があった。戦争がそれを徐々に壊していく。こうの史代はそれを描いた」ということだった。
 そうなのだ。生活なのだ。それを書くのが小説なのだ(小説ではないが)。
 何日かして妻が原作の漫画を買ってきた。漫画もよかった。巻末の参考文献を見ても、この若い漫画家は徹底的に資料を読み込み、老人たちに取材している。半端じゃない。だが、もし作品が資料や取材に負けてしまったら、それはフィクションとしては負けである。この作家は取材したものをよくこなし、そのなかで想像力の翼を広げている。
 こうの史代は生きている人間を書いたのだ。人間は生きているということを書いたのだ。生きている人間が殺されたということを書いたのだ。

 映画の本筋とは別に記憶に残ったことをいくつか。
 主人公すずは広島から呉に嫁いだ少し頭のぼんやりした女性だが、絵の才能があり、画くことが好きである。呉には海軍の基地があり、造船所がある。大和が浮かんでいる。すずはそれを画いていて憲兵につかまる。この部分が先日「民主文学」8月号で読んだ倉園沙樹子の「巨艦の幻影」とまったく同じなのだが、たぶん実際にそういうことがあってそれが伝承されているのか、あるいはこの漫画が小説のヒントになったのか。
 小さな漁村だったところに海軍基地が出来、軍需産業が興って都市化する。ところが第一次大戦後の軍縮条約で軍艦の建造数が制限され、街はたちまち不況に陥る。大勢が解雇される。一時盛り返したが、また新たな軍縮条約でさらに大規模に解雇され、街は灯の消えたようになる。ところが満州事変が勃発すると、街はいっぺんにまた繁栄を取り戻す。
 先日朝日新聞でもそんな記事を読んだ。日中戦争が始まってからでさえ、日本中が好景気に沸き、銀座はモダンガールたちで華やかだったそうだ。

 一見、これはジョージ・オーウェルの書いたことと反するように見える。ジョージ・オーウェルの小説では、国民の消費生活を貧しくし、もって格差を維持し、それによって支配を容易にする目的で、生産力を消費物資から奪って軍需に用いる。
 だが、現実の日本史では、軍需が国民の経済を豊かにし、軍縮が貧しくしたのだ。
 けれども、歴史は最後まで見るべきだろう。軍需産業で国民が豊かになったのは一時的なことだった。戦争が長引くにつれ、消費物資の生産はどんどん落ち込み、国民生活は極度の貧困に陥ってしまった。日本の経済が戦前の水準を取り戻したのは、敗戦から10年も経ってからである。それも朝鮮戦争の特需でドルが大量に流れ込んだせいだ。
 それにしても戦争が経済を豊かにすることもあるということをどういうふうに理解したらよいのだろうか。
 ウォール街のブラックマンデーに始まった世界大不況からアメリカが立ち直った原因として常に二つのことが指摘される。ルーズベルトのニュー・ディールと第二次世界大戦への参戦である。
 どちらが真の原因かという議論があるようだが、どちらも原因でありうる。資本主義とは、要するにマネーの回転である。マネーがうまくまわれば経済はうまくいき、どこかで詰まれば、止まってしまう。コストダウン競争の結果、マネーが資本の手に集中し、労働者が貧しくなれば、需要が消滅して、経済は止まってしまう。資本の手にあるマネーを強制的に吐き出させる装置が必要なのだ。
 ケインズは「穴を掘ってまた埋め戻すだけでもよいのだ」と言った。何も生産しなくても、失業者が仕事を得て賃金をもらうようになれば、彼らはものを買う。そうすれば物が売れて生産が活発になり、景気は回復する。
 だが、その賃金はだれが払うのだ。誰がと言えばマネーのあるところしかない。マネーが滞っているところからまた流れ出させればよい。資本家から強制的にマネーを取り上げて分配すればよいのだ。
 戦争はまさに穴を掘ってまた埋め戻すだけという不毛で非生産的な活動だが、少なくとも資本家の手から労働者の手にマネーを還流させる役割は果たした。
 ニュー・ディールは、ミシシッピーのいたるところに大規模ダムを作って、農業用の灌漑に供するとともに、水力発電で電力需要を賄った。国民生活に寄与することに労働力を使ってなおかつ、失業者に仕事を与え、それにコンクリートもトラックも必要だし、こうしていたるところにマネーをばらまき、それが消費を活発化させて景気に貢献したのだ。
 穴を掘って埋めるだけでも効果はある。しかしそれは一時的な効果で、結局は労働力の無駄使いだ。戦争もそうなのだが、一時的な効果はあるのだ。いわゆる公共事業、箱物建設も、その一時的効果と、将来的に経済インフラとして役立つのか、需要予測や、後々の維持費、生活や文化への貢献度まで計算に入れて考慮する必要はある。

 話がだいぶずれているが、そういったことも含めて、戦前と一言で言うけれど、決して今とそんなに違う社会ではなかった。いろいろ便利なものはなかったけれど、そんなに不幸な生活だったわけではない。
 その社会を間違った方向へと引きずっていく力があって、引きずられてしまう国民がいて、そしてあっと気付いた時はもう遅かった。

 ここに描かれたのは生活であり、伝承の中の生活である。記憶は正しく伝承される必要がある。それが改竄されるとき、人類は危うい。これはジョージ・オーウェルの主題でもあった。
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