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松竹伸幸

 松竹伸幸の意見のすべてに同意できるわけではないが、その姿勢には共鳴する。
 彼は合意を産み出そうとしている。われわれが直面している課題の解決のために、無数の異なる意見のなかから、可能な一致点を探り出そうとしている。首をひねるような内容もかなりあるけれど、少なくともその姿勢は道理にかなっている。
 最新のブログ記事<「前原さん、頑張れ!」のワケ>(たいへん刺激的なタイトルだが)のなかの次の部分が興味を引いた。
 1980年代の終わりのころ、「世界青年学生祭典」に向けて、日本の青年分野の10の団体が、統一した取り組みのための一致点を見いだすべく話し合いをしていた。松竹伸幸は民青同盟国際部長として、とりわけ食い違う社青同との間で合意つくりに努力した。努力はいったん実を結んだのだが、あとになって宮本顕治が介入してひっくり返してしまった。
 その成功と失敗の教訓として以下を指摘する。
① 「こいつは本質的におかしなヤツ」と思って接しない。本当にお互いが心から共闘を望んでいるという前提で、誠意をつくして話し合う。そうしないと合意は生まれない。
② 現場の実感が方針の基礎にならなければならない。

 含蓄のある言葉だ。いま、必要な態度だろう。
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コメント
714:管理人のみ閲覧できます by on 2017/10/11 at 15:05:58

このコメントは管理人のみ閲覧できます

713:木村快 by 植田与志雄 on 2017/10/11 at 00:05:57 (コメント編集)

そうです。現在、小金井で「現代座」を主宰している方です。私は現代座の前身の「統一劇場」時代に何度か劇を見て、その時に読んだ著書の中に、劇団運営に当たっての苦労から得られた教訓として「理性は生理に謙虚であるべき」があって印象に残っていたのです。理屈の上での総括や批判を繰り返してもいい結果を生まなかった、そんな経験からたどり着いた命題だったようです。

712:木村快 by 石崎徹 on 2017/10/10 at 16:01:04 (コメント編集)

 いつもありがとう。木村快てどういう人かなと思って調べたら、小金井で演劇やってる人にぶつかり、インタビュー記事を読みました。いろんな人がいるなあと、今更ですが……。この人のことですか?

711:「実感と本質」感想 by 植田与志雄 on 2017/10/10 at 14:35:10 (コメント編集)

私も松竹さんのブログ「前原さん、頑張れ」は読みました。そこから石崎さんがピックアップした①相手に対して「こいつは本質的におかしなヤツ」と思って接してはイケナイ②現場の実感が方針の基礎にならなければならない、に同感です。

私の経験からの感想を書きます。

1.現場の実感について
*自分が話し合っている相手から得られる実感が「こいつは本質的におかしなヤツ」か「こいつは本質的にいいヤツ」の相手の本質を見極める、選別することが多かった。
*おそらく相手もそうだろうから、自分の本質も同じように相手から見破られるだろう、党も党員や中央の日常的言動から党の本質(の一面)を悟られている。
*これはボトムアップで得られる生の、生理的認識だけれど。
*これとは別の理屈の上での「あいつの本質はこうだ」という覚めた論理的、理性的認識が頭の中に作られていて、現場での実感もその認識の上に「バイアスされた実感」として形成されることも多い。

2.共産党の持ちやすい「バイアスされた実感」
*階級史観や史的唯物論は「これこそが真理、これこそが本質」として「我こそは本質を獲得している」意識にはまりやすい。
*宮顕の唯一前衛党論の根拠「真実は一つで党は実践を通して修正され真理に近づく」も
無意識のうちに自己の絶対性、不動性を内に持つ天動説に紙一重だったろう。「党は北極星、党がどのように見えるかで自己の立ち位置が分かる」も天動説のバリエーションとして流行したことがあった。
*天動説が視点を歪めて「バイアスされた実感」を生む温床(下部構造!)となって「本質的におかしいわけではないヤツ」に対して「こいつは本質的におかしなヤツ」認識を生みやすい。
*このバイアスへの抵抗ツールは色々あるだろうが、私にとって木村快の警告「理性は常に生理に謙虚でなければならない」は抗バイアスに役立った。

以上

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