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憲法9条 はじめに

       憲法9条 2013年11月20日

はじめに

 憲法9条の問題はいま特に複雑になってしまったとぼくは考える。というのは、北朝鮮問題、中国問題が浮かび上がってきたからである。
 この両国の動向が予測不能とも思えることに国民が不安を抱いている。それゆえ抑止力としての米軍の存在を歓迎しつつ、その信頼性への不安から、独自の防衛力の強化をも支持する世論がある。
 もとより米軍が日本にいるのは日本のためではない。それはアメリカのアジア戦略でもあれば、中東をはじめ世界のあらゆる地域で戦争するための出撃拠点でもあり、安上がりな訓練場でもある。そのうえ部分的には、日本を押さえつけ従わせるためのシンボルでもあるだろう。
 そしていまアメリカが日本に対して軍事力の強化や、どこでも戦争できるための法的整備を求めているのは、自国の経済的負担や、戦争遂行上生じる自国民の人命の損失を減らしたいがためである。
 しかし、アメリカの主観的意図をいくら説明しても、それは日本国民の不安を解消することにはならない。
 国民が不安に思っているのは、米軍が日本から撤退したら北朝鮮はどう出るのか、中国はどう出るのかということだ。そのとき憲法9条で日本を守れるのか、自衛隊はいまのままでよいのか、あるいは9条を厳格に守って自衛隊を廃止することなどできるのか。それに米軍の信頼を勝ち取るためには自衛隊の能力強化、法的整備も必要ではないか。
 こういう国民の不安に答えることをいま左翼は迫られている。
 極端な話、自衛隊は資本主義国家を守るための軍隊だから要らない、などといった(一部左派の)主張は通用しない。たしかに国家は、資本主義国家であろうと共産主義国家であろうと、軍事力で守られる必要はない。しかし国民は、資本主義下の国民であろうと共産主義下の国民であろうと、守られねばならないのである。
 それ故、資本主義国家のもとにある自衛隊は認めないが、体制が変われば軍隊を持つこともあり得るという(これまた一部左派の)主張は成立しない。国民を守るために必要な軍事力があるとしたら、それはどの体制下でも必要なのだ。
 だが、ここで提起された論点、国家と国民とは別のものだという観点から考えてみることは、この問題を解くカギのひとつであるようにも思われる。
 例えば国境である。国境は国家の問題であって、本来国民とは関係ない。ただそこが人の暮らせる島であれば、そこで暮らす権利、通行する権利、いかなる司法、立法、行政のもとで暮らすのか、どの文化、どの言語、どの教育のもとで暮らすのかという問題があり、無人島の場合には、漁業権や海底資源の問題がある。
 国民にとって大切なのはそういう生活の具体的な問題であって、国境線をどこに引くかなどといった観念的なテーマに国民がとらわれるのは、国家というイデオロギーの影響以外ではない。
 居住可能な北方四島には困難な問題もあろうが、竹島、尖閣の場合は、漁業権と海底資源の問題を解決すれば容易に収束できる。
 もちろん国家のイデオロギーに影響されている世論を説得できればだが。これがいちばんやっかいな障害なのに、説得の努力が左翼の側からもなされていないことに疑問を持つ。
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