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憲法9条(第6回) 9条と自衛隊

6、9条と自衛隊

 さて、そこで9条と自衛隊との矛盾をどう考えるべきなのか、という問題に入りたい。
 9条と自衛隊との間には明らかに矛盾がある。そこで意見は二つに分かれる。9条を厳格に適用して自衛隊を廃止しようとするがわと、自衛隊の存在に合わせて9条を改廃しようとするがわである。
 ぼくは自衛隊の存在は認めるべきだと考える。いたずらに中国、北朝鮮の脅威を言い募って防衛力強化に走ることは、いままで述べてきた文脈からも、逆効果でしかないと考えるし、平和的に解決することは可能であるというのがぼくの考えだが、軍事力が全くなくてよいとまでは思わない。最小限の軍備は持っておくべきだろう。
 もちろんそれには現状の自衛隊を徹底的に民主化する必要はある。自衛隊をイデオロギーの道具としてはならない。思想信条の自由を認め、偏狭な人種、民族差別に陥らせない、純粋に平和を守る立場に立脚させる必要がある。
 では自衛隊を維持するとしたら、9条との矛盾はどうするのか。廃止、もしくは改定するのか。以下に、日本国憲法と、自民党の2012年4月27日決定の、改正草案とを対比する。

 日本国憲法
   第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 自民党改正草案
   第二章 安全保障
 (平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
 (国防軍)
第九条の二 我国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
 (領土等の保全等)
第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

 一読してわかるとおり、自民党の改正案はその国語能力を疑わせるような貧しい文章だが、その内容は恐るべきものである。自民党がやりたがっている内容を、抜け目なくすべて盛り込んでいると言えよう。それを現憲法と整合させようとして、つじつまの合わないものとなっている。内容のひどさについては読んでもらえばわかるとおりである。
 しかし、国民の間には、これほどの内容にしなくても、少なくとも自衛の戦力を認める項目があってもよいのではないか、という意見があるのも事実である。
 だがそれを認めることは危険である。いま一度現憲法を読み直してみてほしい。この精神を守り抜くことこそが日本の尊厳を世界に対して示すことであると信じる。
 自衛隊はたしかに戦力だが、「戦争、威嚇、紛争解決の手段」ではない。それは最小限の自衛力であって、米軍と「協調して行われる活動」や、国内の「秩序を維持」するために発動される戦力ではない。そのための「機密」も要しない。
 というものに実際なっているかというと、現実はすでに自民党案を先取りしている。
 だが、ここにも天皇問題と同じテーマがある。その存在が現在違憲のものであるなら、憲法に厳密に従わせるように変えていけばよいのである。
 災害救助、復旧は自衛隊の主要な任務として位置づけられねばならない。この目的のためなら、要請のあった世界中のどの地域へでも出ていくべきである。
 PKOはどうか。これは本来中立的な仕事である。アメリカと軍事同盟下にある現在の日本がここに出ていくことは中立的観点からしてふさわしくない。侵略の歴史的精算がすんでいないという点からも適任とは言えないだろう。真に中立的役割を果たしたいと願うのなら、上記ふたつの問題を解決すべきである。それに国連がそれを中立的仕事であると認めたからといって、真にそうであるとは限らない。その判断は日本の責任によって行わねばならない。

 以上の結論として、憲法9条はもちろん今も守り通さねばならないし、たとえ将来、左翼が政権をとっても変える必要はない。永久に守り抜く条項であると信じる。

 日米安保条約の問題に移る。
 非常に奇妙なことだが、この条約が必要だという人はいても、わが町に米軍基地を歓迎するという人はいない。
 外国の軍隊が駐留するということは本来あってはならないことだ。ところが沖縄県民以外の日本人は負担を沖縄に押しつけることで、自分たちはその抑止力効果だけを得ようとしている。たいへん虫のいい話だ。日本に米軍が必要であると考える自治体だけが基地を引受けたらよかろう。大阪が引き受けると橋下が言ったが、すぐに住民に拒否された。だが橋下の考えは筋は通っているのだ。基地が必要であると思うならその負担もわが町に引き受けるべきなのだ。それが嫌だということは日米安保条約は嫌だということだ。この点ははっきりさせねばならない。
 先にも書いたように日米安保条約は必要ない。米軍基地も抑止力もいらない。必要なのは東アジア、東南アジアの全当事者による安全保障を模索し、確立していくことである。日本はいまその努力を放棄している。まるで敵をほしがっているかのような行動をとっている。脅威を騒ぎ立て、脅威をなくす努力をしない。脅威があった方が都合のよい人々に影響されてしまっている。むしろこの地域に米軍がいることがいたずらに脅威を生みだしている。中国との力のバランスをアメリカに期待する向きがあるが、そういうことを期待しているあいだは脅威はなくならない。
 日本は軍事力によらずにこの地域でリーダーシップをとれるだけのものを持っている。それは日本の経済力、技術力、文化力である。お互いがお互いにとって必要で信頼できる関係になれば、くいちがいは平和的に解決できる。その方向へとこの地域をリードしていけるのは日本ではないか。
 たしかに北朝鮮の問題は難しい。だがそれをエスカレートさせ、ますます難しくしているのは日本の現在までの政策である。いまの方向では絶対に解決しない。解決しない方が利益になる人々にミスリードされているのだ。何度も書いたが、まず韓国、中国と仲直りするべきである。そこがすべての出発点だ。北朝鮮の問題にしてもそうなのである。
 誰が戦争を欲しているのか。軍需産業と、そこに結び付く資本、金融であろう。死の商人である。彼らは少なくとも緊張を欲している。すなわち脅威を。すなわち敵を。これが彼らを富ませる。戦争は必ずしもなくてもよい。でも敵がなくなってしまっては困るのだ。
 彼らはまた武器の輸出もやりたがっている。日本は今まで賢明にもこれを禁止してきたが、いま徐々に解禁しつつある。彼らにとって世界中がいつまでも脅威に満ちていることこそ望ましいのだ。
 ぼくの眼には中国と北朝鮮とが、彼ら日本の死の商人たちに裏で操られているように見える。彼らにとって中国と北朝鮮の現在の姿ほど望ましいものはないだろう。
 愚かな道である。これを転換できるかどうかは日本人の選択にかかっている。

 憲法9条を守りとおせるかどうかにかかっている。
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