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「民主文学」17年8月号

 前項に書いたことは、今後政治や政党についていっさい発言しないということではない。いままでどおり思いついたことを書いていく。ただ共産党に対して持っていた特別なこだわりがなくなった、日本社会が持つ政党のひとつとして客観的に見るようになった、という程度の意味である。批判しないということではない。ぼくの政治的関心の中心点が他の場所に移ってきたということだ。

 さて、文学である。小説についても、小説はさまざまなのだから、人の小説についてくだらない感想を書いている暇があったら自分の小説を書きなさい、と幾人もから言われた。おまえはトラブルメーカーだとも言われた。
 なるほど自分の小説を書きなさいという忠告はありがたく承るが、感想を書くことが罪になるとは思わない。
 ぼく自身は書き手としては感想を欲しがるほうである。反応のないのがいちばん虚しい。誉められればうれしいが、はたして本気かなと疑ってしまう。むしろ指摘をもらうとうれしい。そして小説に関係の深い人からよりも、一般読者からの指摘のほうが、ぼくを立ち止まらせる。
 感想なんかほしくないという書き手もいる。ほしくないのはその人の勝手、感想を書くのはぼくの勝手だ。

 ということで、「民主文学」8月号。

 倉園沙樹子「巨艦の幻影」
 何故この作品が良かったのかなと考えていた。ついでに書いておくと、タイトルはぴったり来ない。そこに注意を向けて読ませたかったのだとしたら、作家のねらいとぼくが受けとったものとは微妙にずれる。ぼくはもっぱら峰山家の人々に惹かれてこの作品を読んだ。タイトルもそれを象徴するもっとつつましいものであってほしかった。
 この作品の次に掲載されている青木氏の作品を読んでいたときに、倉園作品にぼくが惹かれた理由が自然に浮かび上がってきた。両作品は対照的だ。
 書かれているのは1942年の峰山家の人々である。造船所の職工の父がいて、戦艦大和(?)を造っている。父はそれが誇りだが、軍事機密であって洩らしてはならない。それを歯がゆくも思っている。母がいて、16歳の勇少年がいて、海軍に志願した兄と、14歳の妹がいる。ほかに故あって峰山家で育ったがいまは独立した21歳の原口君がいる。叔父一家も登場するが、主要な登場人物ではない。
 写実的な小説スタイルではない。当時を知る読者には違和感があるかもしれない。寓話的な作品のようにも感じる。だがまた、当時の現実というのは意外にこういうものでもあったかもしれぬとも思わせる。
 父の視点で書いていく。作者は説明しない。書かれているのは一家の会話と立ち居振る舞い、その時々の父の思いである。ひとり一人がどういう人間であるかという説明がないままに物語が進んでいき、進んでいくなかで登場人物たちの意外な面が表れてくる。読者にとっても意外なら、視点人物である父にとっても意外なのだ。そして父その人の思いも、読者にとって意外な面を顕わにする。
 類型的な人物がいない。人物が常に読者の予想を裏切る。だから人間たちが生きている。小説技法としてもすぐれているし、それはまた作者の人間観の確かさなのだ。
 一ヶ所だけ引用する。勇の留守に警察が来て、勇の本棚から「改造」と「赤と黒(!)」とを没収して帰った後の、母が勇を説教する場面、自分が説教するつもりだった父は妻に先手を取られて黙って聞いている。

 <「勇、何が正しいとか何が間違うとるとか、そんとなこと、世間様に逆ろうてまで見極めんでええの。そんとなこと、知らにゃあほうが、人間は幸せになれるけえ」
 おかしな説教をしよる、と清吉は思った。何が正しいことなのか見極めろ、と言うべきなのだ。だが、口出しできぬような厳粛な空気が、妻と次男を包んでいた。(中略)
「……何が正しい、何が間違うとる、そんとなことより、身の安全と毎日毎日の生活のほうが大事なことなの。余計な知識なぞ、生きていくのに邪魔なの。今、お父さん、お母さんの前できっぱりと約束しんさい」
 おいおい、違うぞ、妙子。心の中で清吉は叫んだ。こういう場合、何が正しいことなのかを教えなければならないのだ。(中略)
「勇、黙っとらんで、ちゃんと返事をしんさい」
 すると、勇はやっとくぐもるような声を発した。
「なして……」
 その一言を聞いた瞬間、妙子は勇の頬を平手で打った。
「『なして』はもうけっこう」
 妙子の鋭い一声が清吉の鼓膜をふるわせた。>

 青木資二「グラデーション」
 この作家の作品は過去にとりあげているはずだと思ってブログ内検索をしたら、2件出てきた。13年と14年である。
 13年の作品にはもろに「類型だ」と書いている。14年のものにも似たようなことを書いている。
 もちろんこの人の小説を好きな人もいるだろう。だが、ぼくには退屈だ。いつも人間がパターンを出ない。驚きがない。読者を裏切らない。わかりきったことしか書いていない。
 で、これを読みながら、倉園作品がなぜ良かったのかがありありとわかったというわけだ。
 しかし、評価すべき点はある。現代の高校生を書いている。挑んでいると言うべきか。おそらく中高年の誰が書いても失敗する確率の高い仕事だ。現役の高校生が書くものに勝てないだろう。庄司薫が「赤ずきんちゃん、気をつけて」を書いたのは30歳くらいのときだったか。その年齢ならまだ書ける。
 だが漱石が「三四郎」を書いたとき、彼はすでに40代だった。ドストエフスキーが「未成年」を書いたのは晩年に近くなってからだ。そのときドストは「試みて過つしかないのだ」と言った。挑まねばならない。しかし困難な課題なのだと覚悟せねばならない。
 吉岡淳という少年の視点から書いているのだが、淳自身のセリフがほとんど出てこない。家庭の会話で書かれるのは両親のセリフだけである。淳は黙っているのか? そうではない、淳もしゃべるのだが、<淳は毛頭、座を取り持つつもりではなかったが、ホームルームの様子を掻い摘んで伝えてみた> ぼくは淳がどのような言葉でどういうふうに伝えるのか知りたいと思った。掻い摘んでみても、多少複雑な内容である。それをどうしゃべるかに淳の人となりが現れるはずだ。淳の肉声が聞きたいと思った。だが、肉声を響かせるのは大人たちばかりなのだ。
 淳が無言で大人たちを観察しているのならいい。だがそうではない。しゃべっているのに作者はその声を聞かせない。
 <白井先生は詳しく語らなかったが、職員会議で生徒に揚げさせることは憲法や子供の権利条約に反するから止めてほしい、と訴えたようだ>
 <訴えたようだ>は客観的な用語ではなく、主観による推測だから、誰が推測したのかが必要である。この場合、視点人物である淳だろう。<白井先生>が<詳しく語らなかった>ことを淳がどのように推測したのか。あとの文章からのつながりで言うと理沙から聞いたと解釈できるが、文章からは主観と客観とがちぐはぐしているように感じる。
 全体に作者がどこに立地点を置いているのかがはっきりしない。淳の姿が浮かび上がってこない。飛び交うセリフは大人たちの没個性なセリフ、誰が言ってもかまわないような、何の匂いもしないセリフばかりである。
 繰り返すがそれを淳が黙って観察しているのならそれでいいのだ。その無意味なセリフのなかからそれを黙って聞いている淳の姿が浮かび上がってくるならそれでもいいのだ。だが、この作品ではそうではない。作者はむしろ大人たちのセリフを書きたいのだ。淳のことはあまり頭にない。
 子供には子供の世界、若者には若者の世界がある。若者を書こうとしたらそれを書かねば駄目だろう。大人たちを出しゃばらせたらおしまいだ。「赤ずきんちゃん」のどこに大人がいるか。作家たちは自分の少年時代を書くときに、こんなにも大人を出しゃばらせるか。子供にとって、大人は常に背景でしかないはずだ。

 草川八重子「第二室戸台風」
 ほとんど作者の経験をそのまま書いている(と思われる)。34年生まれの私(たぶん作者自身)が61年に経験した台風の話である。台風は室戸岬に上陸して京阪神地方を襲った。同じコースが二度目だから第二だ。
 <私>一家は寝屋川の長屋に住んでいた。風呂もない、洗濯機もない、冷蔵庫もない。なんにもない。4歳と6か月の男の子二人を抱え、もちろん紙おむつなんかない。台所からホースを引っ張って道路べりで盥でおむつを洗濯し、側溝に流す。夫は電話局の労組の専従で、現役の給料に見合う額を労組からもらっているが、そもそもが安い。まだ安かった時代だ。<私>も電話局勤めで、育児休暇中だが、無給である。貧乏の話がいっぱい出てくるが、明るい。貧乏を楽しんでいる。いまだからそういうふうに書けるのか、もともとなんでも楽しめる性格なのか。読んでいる方も楽しくなる。
 そこへ台風が襲い掛かる。夫は電話局の仕事で何日も帰宅できない。玄関の窓ガラスに瓦が飛び込んで割れ、そこへ畳を一枚立てて必死で風の侵入を防ぐ。4歳の息子が幼いなりに手伝う。そういうなかにかつて組合の若者たちが赤旗を立てインターナショナルを歌いながらボランティアに行った和歌山かどこかの被災地の思い出話が入る。
 短い作品だが、楽しく読んだ。作らない作品(たぶん)の面白さだ。
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