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「暦の上では」 「梅雨入りしたのに」 「安全であるはずの」

「立春」について書いたのは、新聞、テレビや日常会話のなかに妙にひっかかる言葉がいくつかあって気になっていたからだ。
1、「きょうから暦の上では春なのに、まだ寒い」
2、「梅雨入りしたのに雨が降らない」
3、「安全なはずの学校」「安全なはずの通学路」
1についてはすでに書いた。

2、「梅雨入り」とは何か。「梅雨入り」と「入梅」とは違う。「入梅」は24節気には含まれない「雑節」と呼ばれるもので、諸説あるようだが、ほぼ新暦6月11日ころを言う。季語でもある。
「梅雨入り」はその年の気圧配置や前線の位置、雨の降り方などを見て、気象庁が宣言する。しかし、気象庁が宣言するから梅雨入りするわけではない。梅雨入りを決めるのは自然であって、人間ではない。梅雨入りしたと気象庁が思ったから宣言しただけで、宣言したら梅雨入りするわけではない。宣言しても梅雨入りしていないときも当然ある。
 だからこの言葉は次のように言うべきだ。
「気象庁が梅雨入り宣言したが、梅雨入りしていなかった」

3、「はず」という言葉は用例を見るとかなりいろんな意味で使われている。だからたぶんここでは「安全であってほしい学校(通学路)」、「安全であるべき学校(通学路)」という意味あいで使われているものと思われる。そういう用例もあるのだから間違いではないのだろう。
 引っかかるのはぼくだけなのかもしれないが、「べき」と「はず」とは語感が異なる。
 じつは日本語を習う外国人にとって「べき」と「はず」の違いは難しいらしく、そういう質問がネット上にある。
 ネット上の日本語教師は、日本人にとってこの違いは明確なのに、なぜ外国人に理解できないのかと自問し、どちらも英語ではShouldだからなのだと納得している。
 別の回答者が次の用例で説明している。
「約束は守るべきです。そうしないと信用を失いますよ」
 前のセンテンスだけなら「はず」でも可能だが、この場合、あとに続く言葉からの意味あいで言えば、「はず」を使うことはできない。
 つまり「はず」は客観的で、「べき」は主観的である。
「はず」→(相手の)様子や条件から判断して、そうなる可能性が非常に高いとき。
「べき」→そうする必要があると自分(発言者)が考えたとき。(ネットの引用による分類)
 また他の回答者は次のように区別して英訳している。
「はず」→He will come here.(I`m sure he will come here.)
「べき」→He should come here.

「安全であるはずの学校」という言い方に疑問を呈しているネットもあった。
「学校は安全であってほしいし、安全であるべきだろうが、現実には安全であるはずがない。むしろ危険であるはずだ。だって自由に出入りできるし、身を隠す物陰も多い。子供が大勢いるのに、大人の人数は少なく、子供を守る訓練も受けておらず、装備も持っていない」
 つまりこの人は、ネット上の日本語教師たちが区別したのと同じように「はず」と「べき」とを区別したのだ。
 そしてぼく自身も、彼同様「安全であるはず」という言い回しに対して違和感がある。彼やぼくの語感が狭くて誤解しているのか。「はず」と「べき」とは区別するときもあるが、区別しないときもあり、この場合、「べき」の意味で使っているのだと理解するべき(はず)なのか。誤解を生じやすい使い方だと思えるのだが、誤解しているのは、この人とぼくだけなのだろうか。
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コメント
684:笹本さんへ by 石崎徹 on 2017/07/07 at 21:48:20 (コメント編集)

 やはり語感て人さまざまで一概に言えないようですね。

683: by 笹本敦史 on 2017/07/07 at 19:54:03

「べき」は「しなければならない」の意味でも「であるはず」の意味でも使うような気がします。
僕の感覚ですが。

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