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旭爪あかね「シンパシー」について (15年10月) 再掲

 ある人との手紙のやりとりで、「私小説」に関する私見を書き始めたが、いま複雑な気持ちがあってまとまらない。その複雑な気持ちを書いた文章がここにあるのを思い出したので、再掲して現在の気持ちの表現とする。

 ベタな私小説。太宰治や宮本百合子のような……。こういう小説でいつも一番気になるのはなぜ「私」でなく三人称で、しかも作者と違う名前なのか、ということだ。
 それはたぶん、まるっきりほんとのことじゃなくて、嘘が入っていますよ、という弁解や言い逃れと、あるいは嘘が入っていることを前提に読んでください、という読者への注文であろうか。それでいて自分自身や身辺の誰彼がモデルであることをあからさまに、これ見よがしに提示し、そういうことを類推して読んでくれるよう、読者にたいして要求もしているのだ。
 太宰治に入れこむことから文学的経歴を始めたぼくだが、私小説を評価できなくなって久しい。
 それは自分のことを書いているかいないかということとはまた違うのだ。ヘミングウェイの初期短篇は自分の子供のころの話だ。彼はむしろ話を作ってはいけないと言った。渥美二郎は自分の身辺しか書かない。だが、ヘミングウェイや渥美二郎の作品を私小説だとはぼくは感じない。
 それはスタイルの問題なのだ。日本の伝統的自然主義私小説には、共通のスタイルがある。まるっきり嘘八百を書いていてさえ私小説のジャンルに入ってしまうような、特有のスタイルがある。このスタイルに長く違和感を持ち続けてきた。
 のだが、今回この作品を読みながら、私小説もけっこう面白いじゃないかという気持ちになったのである。
 それがなぜなのか、よくわからない。とりあえず以下のようなことは考えられる。
 まるっきり知らない作家じゃない。「稲の旋律」を読んだので、少し親近感がある。だから、多少ゴシップ趣味で惹かれるところがある。私小説が日本で長く支持を保ってきたのはそういうことではあるだろう。太宰治や宮本百合子のプライバシーに興味を持ちつつ人々は彼らの作品を読むのだ。
 ただ、結論から言うと、どんなスタイルの作品であろうと、私小説であろうと、そのことだけで偏見を持つのはやめよう、という考えに今回落着いた。
 それはともかくとして、ストーリーに入っていくことにしよう。
「民主文学」の(ここは下手な偽名を使わず、ずばりそのまま「民主文学」で登場する)、合評会から話が始まる。その年の新人賞の受賞者たちを集めて、合評している。参加者の一人ちづるは、彼らを選んだときの審査員でもあった。このちづるが何故ちづるであるのかはよく分からない。彼女が「私」であっても作品はまったく同じように書けただろうと思う。
 いま取り上げているのは、長谷部美代子の「リバティー」である。これはつまり、長谷川美智子の「リバティーに愛をこめて」なのだ。これを、そうとはっきり分かるように偽名にする意図も、全く不明である。不明であるが、これが日本伝統の私小説のスタイルなのだ。
 ちづるは審査員ではあったのだが、この作品に一部疑問を持っていた。それをこの合評会の場で披露する。と、反論に出合った。それを聴いてちづるは自分の想像力が衰えているのだろうかと自己懐疑を持ち始める。これが全編を貫く縦糸である。
 ちづるの過去も描かれる。引きこもりから、20年近いまえ、「民主文学」の新人賞をとって以来、少しずつ種々の運動の責任を分担するようになった。いま「民主文学」から派遣されて、原水禁世界大会の運営委員をしている。この世界大会の分科会の責任者の一人としての活動が物語の全体を占める。
 人間関係に不器用なちづるは、完璧でない自分を許せないことで引きこもりになったが、それを逆手にとって小説化することで立ち直りのきっかけをつかんだ。だが、そこから、なんとか人間関係を再構築しようと一生懸命なちづるの姿を、読者の眼から見ると、またしても完璧主義者の危ない罠に近付いているようにも見える。
 読んでいて、なんてセンシティブな存在なのだろうと、はらはらしてくる。この作者を月末の中国地区研究集会の講師として呼んでいるのだが、なんだか呼んだことが気の毒に思えてくるほどだ。(でも、そう思わせるところがこの小説の狙いかも知れない。小説家というのは基本的に嘘つきだから)。
 興味を持たされたのは、原水禁世界大会に向けての運営委員たちの活動内容である。この作品は、その活動のレポートとして読める。文学にはそういう機能もあるのだ。もっともルポ的にではなく小説的に書いている。
 この作家は66年生まれだが、ぼくが東京での世界大会に参加したのは65年だ。だが、代々木公園近くのどこかで催された大会の内容をぼくはまったく覚えていない。京都からの貸し切り夜行バスに乗りこんで、英文科の女の子たちの見送りを受けたのを覚えているだけである。彼女たちは、入学当初からバリバリの活動家で、自治会選挙に勝って英文科代表の委員になっていた。ぼくの方は、運動の端の方でうろうろしていて、どこへ行くかも定かではなかった。だから、そういうぼくを運動の雰囲気に浸らせようという策略のもとに、彼女たちはぼくを東京へと送り出したのだ。(結局、最後まで彼女たちの思うような人間にはならなかったが)。
 以上はぼく個人の思い出話として、ともかくもそれは原水禁運動の分裂直後の話であり、「いかなる国」論争の真只中だった。そして以後50年間日本の反核平和運動は分裂を克服できずに来た。
 いま、なるほど運動は生き残っているらしい。運動の全体像は描かれていないが、運営委員会の様子や、分科会の様子を読んで、それが活動家たちの交流の場として、また新たな活動家を生みだしていく場として、なんらかの役に立っているらしい様子は分かる。そのために一生懸命な人たちのご苦労ぶりも分かる。
 ただ、日本の平和運動をいかにして再統一していくかという方向への問題意識はまったくないようで、もちろんそういうことはもっと上の方で論議しているのだろうが、ほんとうは一人一人の活動家たちの最前線で、そういう問題意識が起こってほしいという残念な気持ちはあった。
 すでにまったく作品評ではなくなってしまったが、そういうもろもろをつつみながら、ストーリーの底流には絶えず、想像力の問題が流れ続ける。その問題を自分のなかからも、外からも、いろんな角度から扱ってみた、という小説であろうか。
 それなりに面白く読んだが、また複雑な気持ちを残させられもした小説であった。(この稿では想像力という作品のテーマ自体に入れずに終わってしまった)。
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