プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

籠池とプラトン

 30数年前に、プラトンの「国家」を、分厚い岩波文庫の上下2冊でたしかに読んだという記憶があるのだが、覚えているのはプラトン観念論の骨格だけで、洞窟の比喩が鮮明に残っているだけである。
 いま目次を開いてみると、なるほど国家についていろいろ書いてあるらしい。ぼくはたぶんその論理展開にのみ注目して読み、具体的な中身に重きを置かなかったようだ。
 いまさらこんなことを書くのは、朝日紙上で「国家」をとりあげた学者がいるからだ。
 5月27日付で、豊永郁子という早稲田の教授が森友問題から次のように書いた。
 <若い頃は、政治にとって最も重要なのは教育だと言われてもピンとこない。気の長い迂遠な話だと思う。ところが、世の中の風潮がガラリと変わるのを何度か体験すると、変化の駆動力が世代の交代にあるらしいこと、新しい世代があっという間に育つことに気づかされる>
 つまり籠池が子供たちに「教育勅語」を暗唱させた問題なのだ。
 それに続けて豊永さんは「国家」から、理想国家に関する部分を略述する。略述と言ってもかなり長いのだが、それをさらに縮めると、<民主主義は独裁を生みだす(危険をはらんでいる)>ということなのだ。
 歴史を振り返れば、近代における独裁を生みだしたのは必ずしも支配階級ではない。虐げられた人たちの不満を巧みに掬い取った個人や集団が支配階級をも支配して独裁した。
 いまわれわれは「民主主義の社会がそう簡単に独裁になる筈がない」とたかをくくっている。だが油断は禁物だと豊永さんは言う。そういうことを紀元前数百年にプラトンがすでに書いているのだ。
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す