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小説の条件

 読みたくなる小説の条件て、なんだろう。
 古典の読書に専念していればそんなこと考えもしなかっただろうし、怠惰な人生を送ってきたせいで何も読めていないぼくは、それこそ古典を楽しんで余生を送っていればよかったはずなのだが、何の因果かアマチュアの小説にどっぷりつかってしまった。
 懸賞小説の下読みをしているわけでもなく(下読みの皆さんは本当にご苦労様だと思う。下手な小説を読むということは苦行だ)、なんの義理があるわけでもないのだが、一度その道を行き始めたらなかなか方向転換できないのがぼくの人生である。
 いま書きたい小説があるわけでもないので、ともかく読んでいる。もともと何をするのもとろい人間なので捗らないのだが、ともかく読んでいる。それでしばしば読む意欲の起こらない小説にぶつかってそんなことを考えてしまう。
 読みたい小説の条件て、なんだろう。
 ストーリー、文章、人物、この三つだろう。三つともそろっていれば軽快に読んでいける。だが、あとの二つがだめでも、ひとつでもクリアしていれば、なんとか読めるのだ。三つとも駄目な小説は読むのが苦行だ。
 先を期待させるストーリーがあること。
 何かしら味わいのある文章であること。
 興味を引く人物が登場すること。
 ストーリーはないよりはある方がよいが、どんなストーリーでもよいというわけじゃない。やはり読みたくなるストーリーの条件がいくつかあるだろう。それを要約すれば「先を期待させる」ということだ。
 文章は整っていればよいというものじゃない。テニオハもなってない文章にはてこずるが、ただ整っているだけで無個性の文章は読んでいて少しも面白くない。文体には作者の思想が現れる。文体感覚のない文章はダメである。
 人物。いちばん腕前を試されるのは平凡な人物を書くときだ。個性の乏しい人物なのだから、個性を書けなくて当然だろ、というような姿勢を見せたらそれは作家じゃない。個性のない人間なんかいない。どんな人間にも他人にはない個性が必ずある。それを見つけ出すのが作家であり、それを書き上げるのが作家だ。それが書けていない小説は読むに値しない。
 というようなことを考えていて、さて自分の小説はどうなんだろうと省みた。少なくとも30年前「まがね」に書いた小説は、まあ、なんとか読めるんじゃないか。でも「まがね」に復帰してここ数年に書いた現場ものの小説、あれはやっぱり駄目だな、読む気の起こるような小説じゃなかったなといまさらながら思う。
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コメント
673:瀬崎さんへ by 石崎徹 on 2017/03/15 at 16:40:14 (コメント編集)

 コメントありがとう。合評会が楽しみです。来られますか。

672: by 瀬崎峰永 on 2017/03/14 at 23:04:33

面白い考察ですね。
僕の意見としては、人物が100%ではないかと思います。一人一人の人物を魅力を十分に引き出して描くことももとより大事ですが、登場人物同士の相関関係がストーリーを作っていくのだと思います。
人物を離れたところにストーリーはないと考えたほうが、より実作向きではないでしょうか。

文体も大きな要素であることは認めますが、人物の重要性と比較すると、それほど問題視しなくていいのかな、とも思います。

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