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まがねとおる

Author:まがねとおる
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2020年06月のエントリー一覧

  • 井上通泰「晩秋」(「民主文学」20年7月号)

     これはよかった。満足した。でも途中では何度か引っかかったのだ。 筑波山ろくの風景とそこでの主人公の生い立ちから書きはじめながら、主人公の継母の介護の話になだれ込んでいくので、あの書き出しは何だったのか、と最初のひっかかり。 ところがそこから、今度は主人公本人の血圧の話になっていく。自覚症状はないのに、血圧が上がっていく。それで血圧上昇の原因を求めて一か月遡る。医者との対立があった。継母の大腸検査...

  • 中村恵美「光のきざはし」(「民主文学」20年7月号)

     漆に関するうんちく部分は興味深かった。この作品でどうにか書けているのはそこだけなのだから、それをもっと本格的に書いてほしかった。主人公の女子高校生は何に悩んでいるのかさっぱりわからない。その少女の一人称なのだが、文章にそういう感じがしない。せっかくライトノベルの研究をした人なのだから、ライトノベルふうに書けとは言わないけれど、それなりのムードは作ってほしかった。霜月が近づいたかと思うと、春休みが...

  • 新船海三郎による、草薙秀一「大阪環状線」批判(「民主文学」20年7月号)

    「民主文学」7月号は、表紙に評論を二つ並べている。ひとつは先日ふれた瀬戸井誠の品田悦一「大伴旅人のメッセージ」批判、そしてもうひとつを昨日読むと、新船海三郎による、草薙秀一「大阪環状線」批判であった。 てっきり誉めているのだと思っていたら、ふたつとも批判なので驚いた。新船海三郎は久しぶりの登場ではないか。 内容は在日朝鮮人問題である。その呼称に関し、設定されている時代と合わない、という指摘だ。 草...

  • 平井真

     先日から、「平井真」に拍手が付く。6年前にアップした短編だ。「まがね」にも載せた。新作が書けなかったので、間に合わせで出した。実際に書いたのがいつなのか、いまとなってはまったくわからない。20年前か、30年前か、40年前かもわからない。 しかも中断したものである。退職してから、古い原稿をかきまわしていて見つけた。 拍手が付くので、読み返してみた。いまとなっては、赤面するような幼稚な表現が多い。けれども...

  • 「『異邦人』の読み方(補遺)」

    「まがね」62号の編集作業がほぼ終わったので、「『異邦人』の読み方(補遺)」にかかっている。のだが、難航している。前書への読者の不満に応えようと意図したが、難しい。この本は嫌いだという人をどうやって好きにならせるかというのは無理な注文なのだ。で、結局、前書で書き足らなかったとぼくが思うところを書いてみる、というだけ。自分自身を納得させるだけのものとなるかもしれない。ともかく今書いておかねば永久に書け...

  • 太宰治

     このブログの訪問者はいつも10人前後で、訪問履歴も残さず、拍手もコメントもしないのが通例なのだが、この数日どういうわけか、拍手が続いている。拍手というのはいい加減な機能で、本人がいくらでもサクラ拍手をできるようになっているのだが、もちろんぼくはしていない。拍手は嬉しいから結構なのだが、どういう方がどういう理由で拍手するのか気になる。 何年も前の記事に拍手が付いたりしたときは、たぶんそこで扱った対象...

  • エッセーと小説

     ふと思ったが、「播州平野」がエッセーとして書かれていたら、ぼくは不満を述べなかっただろう。もちろん、何度も言うように50年前の記憶で言っているので、違うかもしれないのだが、エッセーとしてなら素直に受け入れただろうと思うのだ。それを小説だと主張されるので、違和感が生じる。 ある人が、「あそこにはフィクションも書かれている。だからエッセーではない、小説だ」と言った。嘘を書きさえしたら小説なのだとしたら...

  • 木村陽治「堀田善衛のまなざし」(2)(「零地帯」3号)から思ったこと

     (1)で「広場の孤独」を紹介した木村陽治は、(2)ではその後の小説を取り上げる。「歴史」「時間」の2作をざっと紹介した後、「記念碑」「奇妙な青春」という連作を取り上げて詳しく説明している。ちなみに「歴史」は中国の戦後の動乱を書き(堀田善衛は敗戦間近に日本に絶望して中国にわたり、戦後もしばらく中国にいた)、「時間」は南京虐殺を書いている。 そして「記念碑」「奇妙な青春」は、1944年から47年に至る、つ...

  • 木村陽治「堀田善衛のまなざし(3)」(「零地帯」4号)

     かなり前に読んだのだが、ここで取り上げるのは、このなかのマダガスカルに関する記述が、サルトルの「アルベール・カミュに答える」で触れられた部分と照応しているからだ。木村陽治氏によると、 1959年に出た堀田善衛の「河」という作品のなかに、次のような部分がある。 1958年の夏、堀田善衛はエジプトにいた。そのときカメルーン人のエコロが、こういう話を持ち出す。「1947年、マダガスカル島で8万人の人間が、フランス...

  • サルトル「アルベール・カミュに答える」

     サルトルの「アルベール・カミュに答える」は1952年に書かれ、以後二人は絶交状態のまま、1960年、カミュは交通事故死してしまう。47歳。KGBによる暗殺説もあったようだ。 カミュの死後サルトルは愛情あふれる追悼文を書いている。だが、52年に書いた文章は、ずいぶん容赦ないものだ。 もっとも冒頭とラストでは、やはりとどめようもないカミュへの賛美と愛情を表現しているのだが、その二つに挟まれた中身は皮肉に満ちている...

  • 瀬戸井 誠「『大伴旅人のメッセージ』(品田悦一論文)を考える」       (「民主文学」20年7月号)

     古代史が好きなので、ふと目についた。はじめ拾い読みしていたが、これは読み捨てならんぞと思って最初から読み直した。 瀬戸井誠が、品田悦一(しなだよしかずと読む)論文に疑問を提示した形となっている。 その品田悦一論文というのは、「令和」批判である。 瀬戸井誠は品田悦一の以下の記事、著作、論文、文章をもとに、自説を提示している。 ちなみに品田悦一は59年生まれ、日本古代文学研究、東大教授である。 〇 朝...

  • 文字間隔

    「まがね」の編集作業が、去年は比較的楽にできたという記憶があるのだが(記憶違いかもしれない)、今年はどうもうまくいかなくて手こずっている。 原因は3つ考えられる。1、一年経つ間に、もともと悪いぼくの頭がますます悪くなった。2、WORD機能の限界である。もしくは自動更新のせいで劣化した。(Windowsが更新のたびに悪くなるというのはいまやユーザーの常識である)3、ぼくのパソコンの機能劣化。 考えうる原因が3...

  • サルトルの「異邦人解説」

     ずっと気になっていたサルトルの「異邦人解説」を読んでみた。ぼくが持っているのは、1973年の改訂版だ。人文書院「シチュアシオンⅠ」。つまりシチュエーション、状況。サルトルの評論集である。「シチュアシオン」は何冊か持っていると思っていたが、いま見ると、このⅠとⅣの2冊しかない。Ⅳを開いてみると、それもカミュがらみだ。「アルベール・カミュに答える」これはどうやら二人が激しく言いあっていたときのものらしい。も...

  • 糟屋和美「暴風来たりて」(「ふくやま文学」32号)

    「民主文学」7月号の支部誌同人誌評で岩崎明日香が「ふくやま文学」32号から、糟屋和美「暴風来たりて」を取り上げてくれた。かなり詳しい紹介になっている。早速コピーして「ふくやま文学」の会長に送った。「民主文学」は支部の集まりだから支部誌が優先されるのは当然だが、毎回一つだけでも、支部誌以外から拾ってくれれば、新たな関係を切り開くことにもなるだろう。「樹宴」18号が無視されたのは残念だが、やむを得ない。誌...

  • パソコン物語

     久しぶりに本屋へ行ったら、「ペスト」が入荷していた。カミュとデフォーが並んでいる。二冊とも買った。やはり新しい本がいい。「まがね」の編集にかかっているので、「シジフォス」が途中やめになっている。ともかく読書スピードが、昔から遅かったが、ますます遅くなった。寿命との競争にとても勝てそうにない。 ずっと時間を無駄にしてきたが、とりわけ40歳から60歳までがひどかった。いちばん仕事のできる年代を空費した。...

  • 「まがね」編集中

    「まがね」の編集も一昨年、昨年と、もう三度目で、自分なりのメモも残していたので、楽にできるつもりだったのが、当てが外れた。老齢化で記憶力が全然ダメ。そのうえ最近ずっとパソコンの調子が悪いので、自分が間違えているのをパソコンのせいだと思ってしまったりして、ここ数日大変苦労した。 A5で編集するのだが、A5ではペーパーにできないので、A4で2ページ分1枚に作る。それを印刷して校正用にする。だいたい終わ...

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