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Author:まがねとおる
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2019年08月のエントリー一覧

  • 倉園沙樹子「絹子の行方」評 図書新聞 越田秀男 8月31日

     『絹子の行方』(倉園沙樹子/民主文学7月号)――なんとか自立に近い日常をおくる独居老人「絹子」は、地域行政の〝自立を促す〟とかいう勝手な都合で、自立的日常を奪われ、息子夫婦の家に引き取られる。そのストレスが認知症スパイラルへ。最初の兆候は、夜中にゆで卵が無性に食べたくなる! この作品、瞠目すべきは、認知症の進行を外部観察により捉えるのではなく、絹子の内側から意識の崩壊過程を描き切っているところだ。...

  • 住宅顕信「未完成」春陽堂 平成15年初版一刷 令和元年初版二刷

     ずぶぬれて犬ころ 若さとはこんな淋しい春なのか 読み終えてとりあえず記憶に残っている句は二つだけだが、読んでいるあいだはどれも心を拍った。 自由律俳句。575でなくていい。季語も要らない。短く言いきってそこに万感の思いを込める。だが、特に記憶に残ったのが、575で季語もあるというところに、俳句の伝統も思ってしまう。 15歳で調理学校に入学し、同時に働き始める。卒業していくつか職を替わったあと、市役...

  • セクハラ

    「不快だと感じたら、それはセクハラです」という文に何度も接し、そのつど浮かない気分になった。  セクハラとは主観なのか? 客観的事実ではなく、気持ちの問題なのか? だとしたら、これは取り扱い不可能な問題であるように思える。「不快だ」と言われてしまえば、それっきりということになる。 それが犯罪を形成するか否かという判定以前に、噂が独り歩きして人を苦しめることにもなりかねない。場合によっては職を失うか...

  • 「コスモス」送信

     完璧な作品というものはありえない。どんな作品でも、何かが足りないか、何かが余分だ。どこかの表現やセリフが適当でない。もっと別の書きかたがある。 作家は誰だってたぶんそのことを知っている。だが書きなおそうとすると、とんでもない深みにはまってしまう。その先は袋小路で、抜け出せなくなり、作品はばらばらに解体してしまう。 欠点のない作品というものはない。欠点こそが作品なのかもしれない。 というふうに勝手...

  • 「無言館の庭から」

    「無言館」の館長のエッセーを素晴らしいと書いたら、拍手とコメントを頂きました。賛同をありがとう。じっさい、小説よりも面白い人生を生きる人がいる。こういう人の前では小説も形無しです。 でも、このエッセーが面白いのは、単に生き方が面白いからだけではないですよね。その自分の生きてきた道を非常に複雑な目で振り返っている。「すべてよし」でもない。さりとて「すべて悪し」でもない。この複雑さに惹かれるのです。...

  • 戯曲「コスモス」

     迷っている。とんでもない退屈なものを書いてしまったという気がしている。素人っぽい演劇論が長々と続くのは退屈だろう。ぶち切るか? だがどこまで切る? 切って、切ったあとをどうつないでいく?  全体が長いので、頭の中で再構成するのがうまくいかない。 わからない。しばらく寝かせるしかない。「樹宴」の締め切り次第だ。締め切りが延びるようなら、まだ書きなおすチャンスがあるかもしれない。 いずれにせよ、どん...

  • 「民主文学」19年9月号

     台風が来て今年の盆が終わった。思い起こしてみると、ぼくは盆という言葉を20歳くらいまで知らなかった。正月は学校が休みになるし、餅を食べるので、わかる。盆の時期というのは夏休みのそろそろ終わりごろで、何の変わりもなく、やらずに来た宿題の期限が迫って焦り始めるころ、という以外に何の感慨もない。働き始めて初めて、盆というものがあるらしいと知った。 ともかく終わった。今年も泳がなかった。残念だが、さりとて...

  • 「谷間」「いいなずけ」

     チエホフの短編集一冊を10日ほどかけて読んだ。これがいまのぼくの読書スピードだ。もっとも40年前の文庫本だから、活字も小さく、紙も黄ばんでいて、目も衰えているので読みにくいということもある。新しい本を買いに行けばよいのだが、暑いし、本屋は遠いし、車はないし、金もないしで、がまんしている。「谷間」はけっこう長い。400字詰めにすれば百枚くらい。「いいなずけ」はちょうどその半分くらいだ。 チエホフの小説を読...

  • 愛知事件

     愛知の出来事はとても悲しい。60歳近いごく普通の市民が、ここまでひどい脅迫状をごく気軽に送ってしまう、そういう世の中になったのだ。言論への脅迫や暴力は昔からあったが、それは自覚的な右翼からのもので、その対象も個人だった。いまや普通の市民が、無差別大量殺人を気軽に予告する。 われわれは倫理観を失ってしまったのだろうか。 ここまで恐ろしい時代になっているのだということを認識できていなかった津田大介も甘...

  • 拍手ありがとう

     めったに拍手もコメントも来なくなったが、きょう珍しく、拍手とコメントがそれぞれ別の記事についた。検察審査会の記事への拍手、ありがとう。いまごろになってこれを書いたのは、ずっと気になっていたからでもあるが、もちろん森友問題への検察の判断に不満だからです。...

  • 中本たか子

     浅尾大輔の「中本たか子論」に触れた去年1月18日の記事に、きょうコメントを寄せてくださった方がいて、このブログのコメントは承認制にしているので、承認のチェックを入れようとしたら、どこをポイントしても動かない。よく見たら、管理人限定のコメントだった。「中本たか子は郷里の偉人です。関心を持ってくれてありがとう」という記事です。ペンネームが添えられていたが、非公開コメントなので、書かない。ともあれ、あり...

  • 「起訴相当」と「強制起訴」 訂正

     少し間違いがあったようだ。「起訴相当」が二回出ると、さまざまな手続きの後、「起訴議決」となり、「起訴議決」となると、「強制起訴」となる。二回というのは「起訴相当」の場合で、「不起訴不当」は違う。...

  • 検察審査会

     10数年むかし、クジに当たって検察審査会に呼ばれた。正ではなくて副のほうで、一ヶ月に一度の審査会に正の欠員が出れば、副が順番に正をつとめる。だから副も毎回出席の義務がある。それなのに支給される経費に雲泥の差があるのは納得しがたかった。採決には加わらないが、発言は許される。そして、どういうわけか、副のほうが真面目に出て来て、正は毎回誰かが欠席するので、副も順番に正をつとめる結果となる。 検察審査会は...

  • 「かわいい女」

     きょうは「かわいい女」を読んだ。この暑苦しい日々を、77年版の活字も小さい、紙もすでに黄ばんでいる文庫本で、衰えた眼をして一生懸命読んでいるのは、外へ出ていく元気がないのと、「コスモス」が、読めば読むほど駄作としか思えなくなって、やる気を失ってしまったからだ。名作を読めばよけいに自分の作品が駄作に見えてくるが、でもここから脱出するにはやはり名作を読むしかないだろう。 チャンドラーにも「かわいい女」...

  • 「往診中の出来事」

     チエホフは戯曲の達人であるとは思っていたが、散文においても達人であるとは知らなかった。「可愛い女」と「退屈な話」とは若いころから好きだったが、それは作品の内容に対してであって、特に文章を味わったわけではなかった。 今回チエホフの短編集を読み進めるごとに、その文章の味わい深さに驚嘆している。もっとも翻訳だから、訳者(小笠原豊樹)の功績なのかもしれないのだが、それもあるだろうけれど、つまりはあるべき...

  • 「イオーヌイチ」

    「イオーヌイチ」を読んだ。これも風変わりな作品。 今度の主人公は医者だ。「下っ端坊主の息子で、田舎医者」と表現している。この表現はほかの作品にも出て来たが、どの作品だったか思い出せない。チエホフ自身が貧乏人の出身だから、主人公はたいがいそうなのだ。それが才覚で小金を稼ぎ、上流階級に出入りしているという人物が多い。したがって常に冷めた客観的な目を持っている。 ある田舎の上流家庭に出入りする。そこの主...

  • 「中二階のある家」

    「中二階のある家」を読んだ。その昔チエホフ全集の第1巻で学生時代の習作などを読む間には、なんでこういうものを読もうとしなかったのかと悔やまれる。これもすごい短編だ。チエホフは日露戦争のころに44歳で死んだ。漱石は少し年下で、日露戦争のころ、40歳くらいで書き始めた。ちょうど入れ替わるような感じ。しかし小説の完成度で言うなら、漱石はとてもチエホフには勝てない。 だが、これもおかしな小説で、主人公は画家で...

  • 「コスモス」

    「コスモス」をほぼ仕上げた。ほぼというのは、細かいところはもちろんまだこれからだが、大きな問題がひとつ残っているからだ。 元の原稿は、ふたつの劇が並行して進むというかなりややこしい劇だった。今回片方をバッサリ捨てた。その片方というのは主人公の内面劇だった。それを捨てた。その必然的結果として、主人公の内面がなくなった。 それはもちろん覚悟の上で、最初の目論見とは違う劇にするつもりではあった。だが、そ...

  • 「犬を連れた奥さん」

    「犬を連れた奥さん」をやっと読んだ。「やっと」と言うのは、昔からずっと読もう読もうと思っていて、どういうわけか読みそこなっていたからだ。 今回手にしたのは、「かわいい女」ほか何作か入っている短編集で、新潮文庫の77年ものだ。小笠原豊樹の訳。ぼくが「かわいい女」を読んだのは60年代のことで、湯浅芳子の訳で読んだから、別の本だ。いま探したら、岩波文庫69年の「可愛い女・犬を連れた奥さん」が出て来たが、神西清...

  • スタニスラフスキー

    「かもめ」の初演が大失敗で、客席から失笑が漏れるほどで、絶望したチエホフが二度と戯曲は書かないと言ったというのも、二年後スタニスラフスキーの画期的演出で一躍大盛況を博したというのも有名な話だが、考えてみると、スタニスラフスキーがいなければ「かもめ」も「三人姉妹」もいまの世になかったのかもしれない。 いい作品が誰にでも理解されるとは限らない。理解者が現れなければ、ずっと眠ったまま死んでしまうこともあ...

  • 文芸同人誌案内

    「文芸同人誌案内」が「樹宴」16号と「まがね」61号の紹介を載せてくれました。このブログのリンクからご覧ください。...

  • 新潟の石崎徹君

     新潟の石崎徹君が週刊誌を賑わしているらしく、ネット上でも、石崎徹を検索したら、彼の記事しか出てこない。たいへん迷惑しているが、こちらが無名だから仕方がない。広告学の学者に石崎徹がいて、以前は彼の記事がトップだった。いまでは彼の記事も後ろのほうからようやく出る程度。 そもそもぼくは人生で石崎というファミリーネームの人間に出会ったことがなく、平凡なわりに、めったにないネームと思っていたら、いまごろに...

  • カズオ・イシグロ

     カズオ・イシグロは妻が読んだので我が家に二冊ある(「遠い山なみの光」「わたしを離さないで」)のだが、ぼくはまだ読めてない。読まなくちゃと思うのだが、読むものが多すぎて順番が来ない。 映画は(テレビでだが)ふたつ観た。「上海の伯爵夫人」は10年以上前に、「日の名残り」は今回観た。 執事を主人公に置きながら、第一次大戦から第二次大戦の間のヨーロッパの政治事情・社会事情が手に取るようにわかる。主人の客間...

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