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Author:まがねとおる
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2018年12月のエントリー一覧

  • 広津柳浪 木下尚江 田山花袋 徳富蘆花 夏目漱石

    「民主文学」11月号は、明治150年ということで、明治の作家たちを特集している。これはいずれも短い評論だが、読みごたえがあった。 論者は順に、田中夏美、久野通広、尾形明子、下田城玄、和田逸夫である。論者も聞いたことのない人が多いが、作家の方も、たとえば広津柳浪などという名前は初めて目にした。あとの作家は一応名前は知っているが、木下尚江は読んだことがないし、徳富蘇峰、蘆花兄弟は同志社の新島襄との関係で少...

  • 風見梢太郎「伝言」(「民主文学」18年11月号)

     この人もぼくとあまり変わらない世代で、共感を持って読んだ。とは言え生き方は180度違う。ぼくの人生はめちゃくちゃだったが、この作品の主人公は(そしてたぶん作者自身も)すべてにおいて至極まっとうである。 71年ころ、大学を出ておそらく電電公社関係と思われる研究所に入る。というのが主人公なのだが、たぶん作者の経歴も似ているだろう。主人公自身の具体的な研究分野は書いてない。研究者だが、共産党員でもある。だ...

  • 18年最終メッセージ

     町内に厄介な問題が起こって、ずっとそれで走りまわっている。来年もしばらくそれでかかりきりになりそうだ。でも、ともかくお役所も休みに入ったし、一時休戦。今日は少し読んだ。「民主文学」12月号は早くに読んでいたが、後回しになっていた11月号をやっと読み終わったので、いまから少し感想を書く。書き終わったらアップする。...

  • 竹之内宏悠「私、行きます」(「民主文学」18年11月号)

     あまり上手とは言えない文章で読みにくかったが、最後まで読むと切実な話ではある。 どこがまずいのか。最初の5行である。読者を引き込まねばならないいちばん大切な部分である。 ちょうど同じ号で、仙洞田一彦が的確なことを言っている。 <書く者が第一に意識しなければならないのは「場面」なのだ> その上の段で、「場面(シーン)」と書いている。仙洞田氏はこれを、レオン・サーメリアンという人の本から学んだそうだ...

  • 増田 勝「Eノート」(「民主文学」18年11月号)

     作者80歳。また老人文学かと敬遠しそうだが、読み始めると、読まされた。民主文学の男の作家には文章の上手でない人が目立つが、この人は書きなれた文章だ。文章が良いとやはり読ませる。深刻ぶらないのがいい。軽快である。 自分の葬式を棺桶のふたを持ち上げて覗いている。ところが、自分の遺影がしゃしゃり出てしゃべり出したので、棺桶のなかから「おまえは死んだのだから、引っ込め」と怒鳴る。 この部分がたいへん面白か...

  • 斎藤克己「きみの瞳のなかのぼく」追論

     読み直したが、今回作には前回作のような仕掛けは読みとれず、素直に読んでかまわない小説のようだ。 素直に読めば、佳い作品なのだ。生きることの愛おしさ、過去から未来へと繋がっていく命、といったものを感じさせてくれる。 文章がいい。大げさな表現がない。淡々と書いているのに、しかも実感がこもっている。 強調すべき場所でも、やはり形容詞を使わない平易な文章を、ただ、くりかえすことによって効果を上げる。 32...

  • 鷲田清一「人は普通が普通である理由は知らないのに、それに従わぬ人は削除する」

     少し前の朝日「折々のことば」で村田沙耶香「コンビニ人間」にふれて鷲田清一が書いた文章である。 なるほど、こう言えばよかったのだ、と腑に落ちた。この小説は「まがね」の例会で合評したが、ぼくが変に哲学を引っ張り出して論じたりしたので、あまり伝わらなかった。鷲田氏はそれをきわめて平易な言葉で表現した。ぼくの言いたかったことも結局そういうことだったのだ。 発達障害の話だとか、もちろんそういう読み方もでき...

  • 斎藤克己「きみの瞳のなかのぼく」(「民主文学」18年11月号)

     この作品を述べる前に、同じ作者の「銃を持つ思想」(17年3月号)に触れておきたい。 作者名でこのブログを検索すれば、過去に書いた評が出てくるが、そのときには何点か欠点を指摘していた。今回読み直してみて、その指摘は全部取り消す。非の打ちどころがないように思える。少年時代の思い出も書きすぎているとは思わなかったし、タイトルもむしろぴったりしている。カラスの扱いもあれでよい(過去にその3点を難じていた)...

  • 田本真啓「さくらが鳴いた」(「民主文学」18年11月号)

     どういうことだろう。 18年度新人賞受賞「バードウォッチング」の田本真啓である。受賞作がたいへん面白かったので、期待して読んだ。 ところが文章がいかにもぎこちない、とても同じ作者とは思えない。小学生の作文を読むようだ。 主人公は、大工の父親に殴られて育ったせいで、すでに精神的欠陥を抱えており、高卒後建設会社に就職するが、22歳で辞めた。6年間無職で過して28歳で自殺する。 視点を定めずに書いている。主...

  • 「民主文学」18年12月号 その2

      山地八重子「藁葺屋根の保育園」 この人もほとんど同じ年。堺に保育園を作る話だ。保育園がまともにない時代だった。保母と、子どもたちの父母とが協力して運動し、資金も集め、市当局と掛けあい、その協力も得、物件も探し出し、大学の教授を理事長に迎えて設立する。 ぼくの子供たちも保育園で育ったが、どんな苦労があったのかぼくは全然知らない。まったく同じ時代だから、苦労はあったのだろうが、地域によって事情も違っ...

  • 「民主文学」18年12月号

      南城八郎「いっぽ」 12月号は、ぼくと同世代の5名の作品で、いずれも共感した。とりわけ、南城八郎氏は同い年だ。「まがね」の例会で、その作品「いっぽ」と、ぼくの「夜」とをならべて取り上げてくれたが、「いっぽ」の迫力に圧倒されて、ぼくの青春記のほうはずいぶんとのんきだな、と我ながら感じてしまった。 南城作品の職場は66年のことで、ぼくが、自作中で二年以上前のこととして設定したその年代とあまり変わらない...

  • 「社会主義リアリズム」再掲

    「たんめん老人のたんたん日記」という、すごい読書量の方が書いているブログがある。その方が、本日のブログで「社会主義リアリズム」について書かれるなかで、ぼくのブログ記事「民主文学会」に触れられている。ミシェル・オクチュリエという人の「社会主義リアリズム」という本が、文庫クセジュで出たそうで、それを読まれた感想であって、ぼくの記事に直接言及されているわけではない。ただ、ぼくの「民主文学会」には「社会主...

  • 谷本 論「『社会主義リアリズム』とは何だったのか」(「民主文学」16年5月号)16/04/19

     二点異論がある(あとで述べる)が、全体として、丹念に資料をたどった良心的な論述だと思う。知らないことばかりで教えられることが多かった。 ぼくが共産党とその文学理論に接触したのは1965年だから、もちろん当のソ連はすでにフルシチョフによるスターリン批判が終わっていたが、日本の共産党はフルシチョフを裏切り者と見なして、まだスターリンを擁護していた。 したがって聴こえてくる文学理論は「社会主義リアリズム」...

  • ふたたび「社会主義リアリズム」について16/05/04

    「民主文学」5月号に載った谷本論氏の「『社会主義リアリズム』とは何だったのか」の結論部分だけを記して賛意を表明したぼくのブログ記事に、Aさんがコメントで異論を述べられた。 ぼくが結論しか書かなかったのが間違いだったのだろう。どんな論考にせよ、意味のあるのは論の筋道であって結論ではない。「民主文学」は誰の眼にもふれる雑誌ではないから、よけいに結論だけでは何もわからない。 釈明文を書こうとしてなかなか書け...

  • みたび「社会主義リアリズム」16/05/09

    「社会主義リアリズム」に興味を持つ人などもういないだろうし、そんな言葉を聞いたことのある人すら、すでにほとんどいないだろう。もはや死語なのだ。ぼくにしてもたいして関心を持ったわけではなかった。 ただ民主文学という団体の近くで読み書きしていれば、若いころ具体的な歴史的経過も知らずに耳にした「批判的リアリズムから社会主義リアリズムへ」という言葉がたまに頭をよぎったりした。民主文学にときおり現れる批評の...

  • 谷本 論「社会主義リアリズムとは何だったのか」18/06/20

     この論述が手塚英孝賞をとったことは、ぼくには多少衝撃だった。手塚英孝についてもその名を冠した賞についても何も知らないが、たぶん民主文学会がこの論述を公認したということだろうと思ったからである。 最初にこの論述が出たときも驚いたのだが、ひとつの論として載ったということなのだろうと思った。だが、今回、それはひとつの論から公けの論になったような気がする。 周囲の反応を知ろうとして力が抜けたのだが、若い...

  • 呉座勇一

     今日の朝日で、呉座勇一が百田尚樹と井沢元彦を切って捨てている。呉座勇一は最近注目している歴史学者だ。まだとても若い。じつは新聞記事以上には読んでいないのだが、ウマの合いそうな人だ。 今日の記事ではないのだが、以下のようなことを言っていた。「NHKの大河ドラマをはじめとして、小説家たちが嘘だらけの歴史ものを書いているが、細かい事実関係の間違いよりも、歴史に接近するための対し方に根本的な問題がある。と...

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