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Author:まがねとおる
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2018年10月のエントリー一覧

  • 文体の問題

     もうひとつ、「時の行路」が読みにくかった理由を挙げる。 読点を打つ個所の問題なのだ。 これについては「ふくやま文学」の中山茅集子がふくやま文学館での講演で語っていた。 あるとき彼女は井伏鱒二の作品を筆写してみたのだそうだ。すると読点を打つ箇所が井伏と自分ではぜんぜん違うことに気づいた。そして彼女の言うには、これはその作家の息を継ぐ箇所なのだ。自分が息を継ぐ箇所に作家は読点を打つ。これは一人一人違う...

  • 「時の行路」とりあえずのまとめ

     正・続を読み終え、いま、「時の行路」第三部というべき「争議生活者」の読み直しにかかっている。この作品は、一年半前「民主文学」に発表されたときにすぐ読んだ。もともとの主人公「五味洋介」に立ち返り、彼と彼の家族を書いている比較的小説的な部分だった。だが、すでに記憶があいまいなので、これについては読み直してから語る。 今回、今年3月号の、田島一と山口宏弥の対談を読んだ。山口宏弥は元日航パイロットで、解...

  • 「時の行路」について

     まだ読書中だが、ほかの読者はどう読んだのだろうということが気になっている。「民主文学」2014年8月号 牛久保建男「文芸時評」「同」2014年10月号 馬場 徹 “「時の行路」の歴史イメージ” 以上ふたつは読んだ。参考になった。 ネットで検索するが、「時の行路」映画化(仮題「ハケン」)の話ばかり。派遣が大問題だという切実な声が多く寄せられているが、小説に関する感想がない。目にしたのはごく短いのが二件だけ。 ...

  • スベトラーナ・アレクシェービッチ「チェルノブイリの祈り(未来の物語)」

     この本についてぼくの言えることは何もない。 1986年4月26日、32年も前の出来事だ。なのにそれについて書いたものを初めて読んだ。恥ずべきことだろう。おそらく膨大な本がすでに出版されているはずだ。 この本は事実関係にはほとんど触れていない。しかしそのわずかな記述にさえ、ぼくの知らなかったことがたくさんあった。 89年が東欧市民革命、91年がソ連邦の崩壊だから、その直前の出来事、すでにゴルバチョフの時代であ...

  • 高野川

     賀茂川と高野川が出町で合流して鴨川となる。この合流地点にあるのが下鴨神社と糺の森で、糺の森を出外れたところに家庭裁判所のあるのが、なんだか符合していた。 上賀茂神社はずっと上流になる。 合流した後の鴨川も、合流前の賀茂川も、広い川幅で、ゆったりと流れているが、合流地点から高野川をさかのぼると、川幅は狭く急流で、音を立てて流れ落ちている。どのあたりだったか。ある夜、下鴨から東へ一人歩いていて、高野...

  • 紙屋川

     紙屋高雪の名を初めて見たのは、浅尾大輔が責任編集をしてかもがわ出版から出していた「ロスジェネ」誌上だった。それはぼくが退職して文学に戻り始めていたころだ。赤木智弘や雨宮処凛が登場した刺激的な時代だった。渥美二郎もその誌上で初めて読んだ。あの雑誌には面白い人間がそろっていた。 いかにもペンネームぽい紙屋高雪という名から、この人は京都に違いないと思った。紙屋川の高い雪なら京都だ。案の定、京大だった。...

  • 紙屋高雪と福岡市長選

     驚いた。きょう久しぶりに浅尾大輔のブログを開いたら(最近の彼のブログはお弁当シリーズになっていてなんだか開きにくいのだ)、神谷貴行が福岡市長選に立候補すると書いてある。しかも浅尾大輔の友人と書いてあるから、これはてっきり紙屋高雪に違いない。ネットで確認するとそのとおりだった。 この人にどれだけ助けられたかわからない。この人の書いた町内会の本を二冊も読んだ。それですっかり楽になった。町内会で悩んで...

  • 「樹宴」15号発行

    大丘 忍「山村の秋」(32ページ) 教授選挙に負けたがわに付いて大学を追い出された相模は、いっとき自暴自棄になるが、四国の無医村で医者としてのやりがいに目覚めていく。息子が家出して訪ねて来、それを追って田舎嫌いの妻もやってくる。勝手の違う田舎の人々だが、妻はいつしか馴染んでいく。 素晴らしい出来栄えである。感動必至、ぜひ一読願いたい。守屋陀舟「綿毛」(15ページ) 作者には珍しい現代都会物。しゃれた描...

  • 「時の行路」の条件

     あいかわらず毎日、町内会関係でふりまわされ、それでも、まだ現役で働いている人たちに比べれば当然時間はある筈なのだが、不器用なたちなので、なかなか文学に戻れない。「続・時の行路」もまだ来ていないのだが、「チェルノブイリ」もまだ読み終えていない。 それでも頭の中ではあれこれと考えている。「時の行路」にはいくつかの条件があったと思う。1、新聞連載である。 このことは作品に対してかなり大きな制約となるの...

  • 「時の行路」と「ノーマ・レイ」

    「時の行路」を読み始めて最初に浮かんだのは、アメリカ映画「スタンドアップ」と「ノーマ・レイ」だった。ところが「ノーマ・レイ」のタイトル名が思い出せず、「スタンドアップ」と混同していた。「スタンドアップ」も女性労働者の話で似たところがあるが、労働組合を扱っているのは「ノーマ・レイ」だった。もう一度観たい映画だ。1979年、わりと古い映画だ。 ノーマが、たしか工場の作業台の上に立って、「UNION」と書いた紙...

  • 「時の行路」最初の感想

     田島 一の「時の行路」を3分の2くらい読んだところで、町内会にふりまわされて一切の読書が不可能になり、中断していた。 なんとかケリをつけて「時の行路」に戻ったが、記憶力の減退で、そこまでの話が思い出せない。あちこちページを繰って、記憶を取り戻すところから再出発した。 登場人物が膨大なのだ。高校時代に読んだ「戦争と平和」もやはり膨大な登場人物だったが、人物を忘れるということはなかった。10代と70代と...

  • 「サイレントテロリスト」への評

    「民主文学」のサークル誌評で、橘あおいが「まがね」井上淳の「サイレントテロリスト」を取り上げてくれた。作品が描こうとしたものを的確に読みとってくれている。どういうふうに読まれるか多少心配していたが、さすがである。感謝する。同時に物足りない点も指摘している。それは合評会でも出たが、どこがどう足らないかという点で、さまざまな考えの違いが出てきそうな気がする。来月の山口が楽しみだ。...

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