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2017年07月のエントリー一覧

  • 前項に(小熊英二)

     数日前の新聞記事をゆうべふと思い出して前項を書き、すぐアップして寝に着いてから、どうも気がかりだった。論理が明快でない、小熊英二を理解できていないと思えた。 技術の進歩は、新たな欲望を産み出してきた。暑いとき、木陰で涼むか水に入るしかなかった人間に団扇が現れると、団扇を欲しいという欲望が生まれた。団扇の存在を思い付きもしなかったときにはありえなかった欲望である。ここに新たに使用価値が生まれたのだ...

  • 小熊英二とIT

     小熊英二が7月末の論壇時評で、誰かの言葉を引用して、「ITは新しい価値も需要も生まない」と書いていた。さらに違う人の言葉から、「ITは一方に失業を、もう一方に長時間労働を生むだけだろう」とも書いている。(すなわち一方に餓死を、もう一方に過労死を)。つまりいまの体制のままでITが進むならという話である。 書かれている結論はまったく正しい。気になったのは「価値」という言葉の使い方だ。小熊英二は「使用...

  • 「まがね59号」発行

     長らくお待たせしましたが、「まがね59号」が発行されました。 ぼくは例によってエッセーだけですが、昔懐かしいアーノルド・ウエスカーについて書いています。 小説6篇、いずれも(?)力作です。〇妹尾倫良 「消えた子」35枚 1945年10月16日8時40分 岡山県福渡町石引地区にて火薬爆発。総量5トン。轟音は四国まで届いた。死者5歳男児1名、陸軍曹長1名、重傷20名、軽傷300名、 何があったのか、真相を求めて訪ね歩く...

  • みたびモース

     最近のぼくの記憶力減退ぶりを再確認してしまった。モースの「贈与論」への高原さんのコメントを読んで、ちょうど1年前にも、ほかならぬぼく自身がモースの「贈与論」について書いているのだと教えられる結果となった。ブログ内検索をしてみると、内田・白井対談から引用していた。そこに書いた内容には記憶があった。だが、それはそっくり高原さんの文章から読んだのだと勘違いしていた。 こんな調子です。お許しあれ。...

  • マルセル・モース「贈与論」

     最近この種の記事の断片を見かけたと思っていたら、昨日少しまとまった記事が朝日に載った。 マルセル・モースが1924年に発表した「贈与論」である。高原さんがずっと話題にしていたのはこれだったのかと気が付いた マルクスは「資本論」を論じるにあたって「交換」から始めた。「交換」のメカニズムを明らかにせねば「資本」の構造が解明できないからだ。しかし彼は「交換」の「起源」には興味を持たなかった。それは彼の研究...

  • 高原さんのコメントに(文章を一部修正しました)

     高原さんの文章は長いのでまだ初めの部分だけしか読めていませんが、高原さんの文章のどこに違和感があるのかということが今回ふと分かったような気がするので、そのことを書きます。「人類が生きるとは、事実を認識し続け、目的(価値)と手段の仮説を立て、手段の課題を解決すること、その仮説を検証すること、新しい目的(価値)と手段の仮説を作ること、それを続けることである」(高原文) 高原さんの言おうとしていること...

  • 哀悼 劉暁波

     劉暁波が死んだ。冥福を祈る。言いたいことはいっぱいあるが、いまはただ悔しさだけが募る。...

  • 「民主文学」17年8月号

     前項に書いたことは、今後政治や政党についていっさい発言しないということではない。いままでどおり思いついたことを書いていく。ただ共産党に対して持っていた特別なこだわりがなくなった、日本社会が持つ政党のひとつとして客観的に見るようになった、という程度の意味である。批判しないということではない。ぼくの政治的関心の中心点が他の場所に移ってきたということだ。 さて、文学である。小説についても、小説はさまざ...

  • 所感

     なんだったのだろう、あれは? 共産党について誰も読まない長い文章を書き連ねた日々は? 共産党外の人には何の意味もない文章だし、共産党にとっては、よけいなお世話でしかなかった。 共産党はぼくではない。ぼくと共産党が食い違うのは当たり前のことだし、それはぼくとは関係ないことなのだ。ぼくは自分と関係ないことについて余計なお世話をしていた。 たぶん、一度党活動を経験し、不完全燃焼のまま中途半端に離党した...

  • 「私は天皇主義者になった」

     かなり日数が経ってしまったが、内田樹がついに「私は天皇主義者になった」と右翼雑誌に書いたそうだ。雑誌を読まずに朝日の紹介記事だけだが、以下のようなことを語っていた。この間の退位問題をめぐる諸氏の発言のなかで、右翼の一部が次のように言ったことが内田氏を驚かせた。「天皇はうろちょろせずに、宮中の奥深くでじっと祈りを捧げていればよい。余分なことをするからくたびれるのだ」 じつはぼくもこの発言を新聞で読...

  • 倉園沙樹子「巨艦の幻影」(民主文学8月号)

     百枚をしっかり堪能させてもらった。1940年の話で、変に現代につなげようとせずにその時代だけを描いているのに、しかも現代に迫ってくる。癖のない文章で始まり、癖がないということは逆に個性に欠けて面白みがないなと感じたのは最初のうちだけだった。じきにぐいぐい引き付けられていく。表現方法は十分個性的で、退屈させない。初めて目にした名前だが、才能のある人だ。 満足した作品に関してはあまり書くことがない。ぜひ...

  • 社会党

     名前をメモしておかなかったのでわからないのだが、国労組合員の解雇撤回闘争を主導してきた人だったと思うが、次のようなことを朝日のインタビューで答えていた。(中曽根がのちに何かで語った内容として)「国鉄を分割民営化すれば、国労がつぶれる。国労がつぶれれば、総評がつぶれる。総評がつぶれれば社会党がつぶれる。社会党がつぶれれば憲法を改訂できる。国鉄分割民営化の目的はその一点にある」(と言ったらしい)。こ...

  • 小熊英二と建国72年

     たぶんすでに1か月ほどになろうが、小熊英二が朝日で次のように書いていた。「今年は戦後72年なのだという。どこの国でも、戦後と言ったら戦後数年のことである。日本はいつまで戦後何年と言い続けるのか。答えは<永久に>である。何故なら、1945年を境に日本という国が根本的に変化したという意識が人々の頭に潜在的にあり、でありながらそれを表現する言葉がほかにないからである。1945年に大日本帝国が戦争に敗れて崩壊消滅...

  • 「暦の上では」 「梅雨入りしたのに」 「安全であるはずの」

    「立春」について書いたのは、新聞、テレビや日常会話のなかに妙にひっかかる言葉がいくつかあって気になっていたからだ。1、「きょうから暦の上では春なのに、まだ寒い」2、「梅雨入りしたのに雨が降らない」3、「安全なはずの学校」「安全なはずの通学路」1についてはすでに書いた。2、「梅雨入り」とは何か。「梅雨入り」と「入梅」とは違う。「入梅」は24節気には含まれない「雑節」と呼ばれるもので、諸説あるようだが、...

  • 立春

     立春て何だろうと思って調べていたら意外なことがわかった(ぼくにとってだけ意外だったのかもしれないが)。立春を旧暦だと思っている人が多い。だが違うのだ。旧暦は太陰暦であり、月齢に基づいている。だから旧暦では、満月は毎月15日か少なくともその周辺である。だが立春は旧暦では毎年日が違う。むしろ新暦でこそ毎年2月4日か、その周辺なのだ。 立春は24節気で、これは太陽暦なのである。中国では春夏秋冬の区切り方が...

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