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2017年01月のエントリー一覧

  • 恩田陸からサルトル、そしてマルクス

     直木賞の恩田陸が朝日新聞で、自分の受賞作の場面から引用して次のように書いている。 <少年は言う。音楽は活け花に似ている。再現性という点では活け花と同じく一瞬で、すぐに消えてしまう。しかし再現している時には永遠の一瞬を生きることができる> ふと「嘔吐」のロカンタンを思い出した。ロカンタンが存在に吐き気を催したのは、それが何か理解不可能なものとしてロカンタンの心に迫ってきたからだ。だが最後にジャズを...

  • 「民主文学16年11月号」

    岩崎明日香「十九時の夜明け」 主人公の咲は居酒屋の深夜アルバイトをしている(だから19時が夜明けなのだ)。ある日、酔っ払いの客にエレベーターに引っ張り込まれてキスを強要される。 民主文学誌上ではあまり見かけない衝撃的な書き出しである。 ラストは、原発反対官邸前集会に初めて参加する場面(だから、これも19時の夜明けである)。 日常的な意味と精神的な意味とふたつの夜明け、しかもそれが朝ではなく19時である。...

  • 「クレーン38号」2017年 前橋文学伝習所

    荻野 央「ハイヌーン」 さっぱりわからないのだが、それでも読まされてしまうのは、文章がリズムよく、雰囲気に独特なものがあるからだろうか。 時間のバラバラなのが気になるが、作者はあえてそれを無視しているようだ。カフカは奇想天外のことを書きながらディテールのリアリズムにこだわったが、この作品はそれも無視する。読者はどんな種類のリアリティもこの作品に期待することはできない。作者がそれを拒んでいるのだ。 ...

  • もろ ひろし「空中楼閣(4)」(「クレーン38号」2017年 前橋文学伝習所)

     連載の4回目で、まだ続く。この回だけで120枚はある。1~3を入手していないので以前の枚数はわからないが、たぶんすでに400枚くらいあるのだろう。 うつ病患者の話である。作者の亡夫人がそうであったようなので、彼女と、彼女との夫婦生活がモデルになっていると思われる。 かなり特殊な手法を用いている。とはいえ、一見普通の大衆小説の手法である。すなわち、「視点」という考え方を採らない。基本的に客観描写である。...

  • 欧米文学における人物の呼称

     いまアガサ・クリスティの「ひらいたトランプ(CARDS ON THE TABLE)」を何十年ぶりかで読み返しているが、登場人物たちの呼称が日本の小説とかなり違うなといまさらながら感じる。 まず主人公以外はみな敬称付きで現れる。主人公ポアロはポアロもしくはエルキュール・ポアロで、敬称は付けない。以下、バトル警視、シャイタナ氏、ドクター・ロバーツ、レイス大佐、デスパード少佐といった具合である。このうちバトルは準主役級...

  • 「こころ」など

     ある同人誌が「私の漱石・鴎外体験」として特集を組んでいる。漱石・鴎外と自分とのかかわりを述べるエッセイ集なのだが、9名の同人がさまざまな角度から書いていて興味深い。 冒頭の一人は、「こころ」を徹底的にやっつけている。だが、罵るわりに、具体的な欠点は指摘しない。さらに小森陽一から、「こころ」は「先生」と「K」、「先生」と「私」の同性愛を書いた小説だ、という説を紹介して、スリリングな解釈だと評価して...

  • ポルフィ―リー

     ファーストネームについて思いついたことをひとつ。「罪と罰」である。主人公の名前はラスコーリニコフ、もちろんファミリーネームである。その親友もラズミーヒン、これもそうだ。男の登場人物はみなファミリーネームなのだ。ところが一人だけ例外がいる。予審判事ポルフィ―リーである。彼だけが最初から最後までファーストネームで出てきて、そのファミリーネームは(たぶん)一度も出てこない。その理由がわからない。日本に...

  • 太政官制について小さな補筆

     <「夜」への回答(その4)付録1太政官制>中、太宰帥に関し若干説明を付けた。なお「職」の読み方も補った。あとの官職についてはきりがないので読み方を書いていない。あしからず。...

  • ファーストネーム

     池澤夏樹が「先日、奇妙なことに気づいた」として「日本の小説では主人公の男性はもっぱら姓で呼ばれ、女性のほうは名で呼ばれる」と書いている。そして平野啓一郎の近作を例に挙げている。 ほんとうにいまごろになって気づいたのか、文章としてそう書いてみただけなのかは不明だが、「作家たちは誰も何の疑いもなくこの方式を採っている」とまで書いたのは書きすぎのような気がする。 たぶん作家たちも気づいている。ぼくだっ...

  • 「失われた夜のために」について――矢嶋直武氏に答える(その1)

     はじめに 作家は自作を語ってはならない。語れば読者をがっかりさせる。それは譬えるなら手品の種明かしだ。 作家は書いたら終わり。そこから何を読みとるのも読者の自由である。 それゆえ、矢嶋氏がぼくのために書いてくれた長文の批評が提起したいくつもの疑問に対して、回答すべきかどうか長く迷っていた。 ぼくが作家なら黙っているべきだろう。だがぼくは作家ではない。素人の物書きだ。わけてもこの作品は(ブログ以外...

  • 「失われた夜のために」について――矢嶋直武氏に答える(その2)

     共産党 数名の方に読んでもらって、寄せられた疑問は共通している。「帝国史の意味が分からない」ということと、「共産党を辞めた理由がわからない」ということである。 だが、党とは全く無縁に生きてきた人からは後者の疑問は出なかった。しかし、いずれにせよ少数の方にしか読んでもらえていないので、読者の反応を提示するというほどのことができるわけではない。だから推察なのだが、おそらく党と関係ない一般の人は、読ん...

  • 「失われた夜のために」について――矢嶋直武氏に答える(その3)

     「失われた夜のために」についての手紙 記憶力の減退したぼくの脳細胞の隅から見つけた記憶のかけらにもとづいてパソコンの中を探しまわり、以下の文章も見つけた。尊敬する先輩作家にあてた手紙である。本作について書いているが、いま読み直すと恥ずかしくなる内容だ。5年前に書いた手紙だが、当時に比べるといまは多少自分のことが自覚できてきた感じがする。当時は永い眠りから覚めて文学に舞い戻ったばかりで、自分の書く...

  • 「失われた夜のために」について――矢嶋直武氏に答える(その4)

    (付録1) 太政官制について 大宝律令による太政官制については、ぼくが書かなくてもいまどきネットでいくらでも調べられるだろうが、ぼくなりの理解で少し書いてみたい。「奉行」と「大臣」と、いまの我々の感覚では大臣の方が新しく、奉行はいかにも古臭く感じられる。だがじつは奉行のほうがずっと新しい言葉で、大臣の方が古いのだ。もし徳川体制下のままで日本の近代化がなしとげられていたら、奉行という言葉が残ったはず...

  • 笹本敦史「落葉を踏んで」(「民主文学」17年2月号)

     戸惑っている。短いものを書いても長いものを書いても、テーマも作品のムードもいつもきちんと統一されていた笹本作品なのに、今回珍しくばらばらの印象を受ける。どういうふうに読むべきなのだろう。 読者としていちばん興味を引かれるのは、伊達という人物である。1980年、大卒で生協に就職した伊達は3年目には早くも管理職につく。生協が急成長していた時期だった。しかしそれも束の間で、90年代の半ば以降、生協は下降に転...

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