プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

2016年09月のエントリー一覧

  • 旧稿改作

     作品集を破格の廉価で作ってやろうと言ってくれる人がいたので、心が動いて旧作に手を入れた。ところが思うように筆が進まず、日にちばかり経っていくので、ある程度で妥協して原稿を送った。そこまでは良かったが、パソコンが違うとCDから取ってもうまく収まらないらしく、校正、編集に手間取り、そのうちいろいろと用事がまいこんで、手につかなくなってしまった。いずれは作ってもらうつもりだが、しばらくお預けだ。 そこへ...

  • 稲沢潤子のH元首相について

     標記について、もうひとつの解釈を書き忘れていたので付け加える。このイニシャル表記は、本人を隠す意図ではありえない、鳩山としか読み取れないように書いてある。だから、本名を書かないことによる責任逃れかと書いたが、もうひとつの場合がある。単にイニシャル表記したに過ぎないという場合である。ベトナム戦争盛んなりしころ、英字新聞の見出しには毎日、L.B.Jという活字が躍っていた。もちろんリンドン・B・ジョンソンの...

  • 「民主文学」16年10月号

     原 健一「『ちょぼくれ』と出合って」 少し変わった作品。小説的部分とそうでない部分とが混ざったような作品。だが、読ませる。 日本における唯物論哲学の草分け的存在(らしい。ぼくは知らない)の永田広志から話は始まる。43歳で死んでいる。戸坂潤も三木清も獄中で40そこそこで死んだが、永田は獄から出てからだったが、やはり同じころ同じ年ごろで死んだ。山形村と書いているので山形県と勘違いした。長野県の山形村であ...

  • 稲沢潤子「ある謝罪」(「民主文学」16年10月号)

     鳩山由紀夫と「最低でも県外」の問題である。それがあえなく挫折し、やがて政権が自民党に代わってからのこと。沖縄での県民集会に鳩山が姿を見せ、集会参加者たちに頭を下げて歩いたというのである。その後鳩山の講演会があって<私>は出掛けた。鳩山の謝罪を直接目の前にしただけに、彼の発言に興味を持てたのだ。以下鳩山の講演内容。 自分は本気で沖縄県外へ持って行くつもりだった。ところが、米軍の極秘文書が外務省から...

  • 瀬峰静弥「ゆうたのこと」(「民主文学」16年10月号)

     今年は「民主文学」をほとんど読めていない(去年もそうだったような気がするが)。「まがね」の合評が終わったので、月例会は「民主文学」の合評に移った。おかげで読む気になった(ならざるを得ない。怠け者にはちょうどよい)。 他支部ではどうだか知らないが、まがね例会での「民主文学」合評はかなり手厳しい。「まがね」作品に対するよりも厳しい。横から見ていると、「まがね」作品の方が「民主文学」作品よりも上かと思...

  • 植田与志雄氏の回答

      「植田与志雄氏への手紙」への回答     植田与志雄 石崎さん、ご意見ありがとうございます。 さざなみへの私の投稿、まともに読んでいただける方がいらしただけでうれしい限りです。 いただいた手紙への私の感想と意見を記します。・植田投稿に対する疑問はPcaiaさんと石崎さんとで少し異なっていて、Pcaiaさんの疑問は「法則」に関する見方の違いから、石崎さんの疑問は「設計」に関する見方の違いから出てきていると...

  • 解決

     今朝起きたら邪魔な侵略者は黙って退去していました。ウィンドウズ10になってから変なことばかり起きる。...

  • SOS

     kurepelin.comというわけの分からない邪魔っけなものが、一言の断りもなく、いきなりブログトップを占領して、消すことができません。この場所にあったリンク集は消えてしまいました。さいわいリンク集はもう一つ、画面左をずっと下がったところにありますが、この侵略者を追い出して画面を元に戻す方法をだれか知りませんか。...

  • 植田与志雄氏への手紙

     Eメール添付で受領した「非物質的材の生産について」の読書がじつは中断したままです。この間ありがたいことに、いろいろな方からたくさんの原稿や本が送られてきて、読むほうがまにあっておりません。 ですが、「さざ波通信」が終了ということで、いつ読めなくなるかもしれないと思い、とりあえず、植田さんの投稿をいくつかプリントしました。次のものです。(1) 2010.06.01 ソ連崩壊後の疑問「なぜかくも長き期間にわた...

  • 矢嶋直武氏について

     矢嶋直武氏は、町田市在住。「文芸多摩」同人。「民主文学」に二作品を発表されています。 「犬と鈴と老人」 15年4月号 「金色の丸い月」 16年2月号 どちらも、中国で日本語教師をされた経験から書かれた感動的な作品です。当ブログの検索窓で、「矢嶋直武」で検索すれば、ぼくが過去に書いた批評が二本出てきます。 このたび、拙作のために労をとっていただいたことを感謝します。 なお「まがね文学会」のブログに、「...

  • 石崎徹の描く文学世界  矢嶋直武 (その1)

     矢嶋氏の書いてくれた「石崎論」を、少し照れくさいが公開する。これはご本人の承諾を得たもので、この公開によって石崎文学への関心が少しでも高まってくれればよいと矢嶋氏は言われている。感謝申し上げる。批評対象となっているのは、「まがね」掲載作および当ブログで公開しているものである。 400字詰めで50枚くらいあるので、標題に沿って五つに分ける。「はじめに」を除く四つは、主として4作品の批評となっている。そ...

  • 石崎徹の描く文学世界  矢嶋直武 (その2)

    ■《空っぽ》の意味するもの──「三郎のふしぎな日々」をめぐって  作者自ら《今回は児童文学を書いてみた》(「ごあいさつ」同前)と紹介する作品「三郎のふしぎな日々」(「まがね51」2011.2)は、石崎が「まがね」に復帰して最初に書いた記念すべき作品である。 主人公三郎は《空想することが好きな少年》である。彼は《みんなが原っぱで野球をして》いてもその中には入らない。仲間外れにされているわけではない。誘われても...

  • 石崎徹の描く文学世界  矢嶋直武 (その3)

    ■小さくされた者──「盗難」をめぐって 石崎はかつて「まがね」復帰にあたってこんなことを書いていた。《しばらくは製鉄所を書くつもりでいる。ここには書くべきことがあり、これを書けるのはぼくだけだからであり、そしてこれを書かねば、ぼくの人生は無に、等しいとも思うからである。》 二作目の作品「盗難」(「まがね」52)はまさにこの<製鉄所>を舞台とする作品である。発表は2011年10月。前作「三郎のふしぎな日々」発...

  • 石崎徹の描く文学世界  矢嶋直武 (その4)

    ■果てしなき議論の後──「コスモス」をめぐって 啄木の詩に「果てしなき議論の後」という作品がある。明治44年(1911年)に書かれたものである。むろん、啄木の詩と石崎の作品との間になんの関係もないのだが、ただ、「コスモス」は演劇をめざす若者が数人登場し、盛んに<議論>をするという戯曲である。そのつながりから、ふと、啄木の詩を思い出したのである。 石崎作品のなかで戯曲というスタイルで書かれたものはこれ一作だが...

  • 石崎徹の描く文学世界  矢嶋直武 (その5)

    ■労働者の一分(いちぶん)──「朝」をめぐって 山田洋次監督の時代劇映画に「武士の一分」という作品がある。「一分」とは「一人前の存在として傷つけられてはならない、最小限の威厳」(新明解国語辞典・三省堂)のこと。ここではそれをもじって「労働者の一分」というタイトルを付けてみた。 石崎が製鉄所を舞台として描いた作品には、「盗難」のほかに「朝」「ノロ鍋始末記」の二作品がある。両者を比べた時、わたしは断然「朝」...

  • 何が問題なのか

     日本共産党の今回の中国共産党批判は、いまのところ国際的な分野での批判である。それも核兵器禁止条約という、いままで中国共産党が賛成してきたことを急に翻した、本国と現地で意思の疎通ができておらず、草案の段階で入っていた文言を二転三転させて最後に引っ繰り返した、という中国側のみっともないふるまいであったから、日本共産党のとった態度はなりゆきからのごく自然なことだろう。 このこと自体はとりたてて言うべき...

  • クアラルンプールから

     映画を見に行って記事を書くのが遅れた。いま書き終わったのでとりあえず公開する。 図書館で5日付の赤旗を読んできた。たしかに1面、2面、3面と計三面使っている。ところが赤旗はもともと見出しがでたらめに大きいうえに、本文の活字も大きく、さらに白紙の部分も多いという贅沢でもったいない編集になっているので、記事の内容は意外と少ない。その上各ページにほかの記事も混在していて、当該問題に関する情報量はあまり...

  • 日本共産党の中国共産党批判

     ここに挿入したくないのだが、緊急事なので入れる。 松竹伸幸のブログでいま知った。 赤旗が三面分使って大々的に中国共産党批判をやっているそうだ。5日の新聞だという。ほかの人々から見たらいまごろ何を(ぼくが)言っているかだろうね。いいんだ。急ぐほどのことじゃない。あした図書館で読もう。 日本共産党はだいたい10年くらい遅れてぼくを追いかけている。...

  • <他人事>から<わがこと>へ ――浜野博の世界―― (その1)

     <他人事>から<わがこと>へ ――浜野博の世界――                        (「まがね13号」1984年から)      1 <「地獄か極楽か、他人のあんたにわかるのか」>(「ひばり」1973年) 浜野博の文学には、この言葉がつきささっている。身体障害者である久保田や大島(いずれも「ひばり」の登場人物)たちの苦しみは、かれらだけの苦しみとしてページの向こう側に留まっただけでいるのか、それ...

  • <他人事>から<わがこと>へ (その2)

          2 <とすれば、私にとって祖母とはいったい如何なる存在なのであろうか>「祖母ふたり」は鎮魂歌である。それ以外の何ものでもない。この点を読み違えた読者は最初からこの小説の解釈を間違えてしまっている。 鎮魂とは宗教的行為である。だが文学とは宗教的行為以外の何であるだろう。先に述べたように、それは切り捨てられたものを復活させる行為であり、謂わば落穂拾いである。それは現実の行為によっては救済し...

  • <他人事>から<わがこと>へ (その3)

          3 我々は「ひばり」における久保田の叫び<他人のあんたに分かるのか>から出発した。「火の方へ」において使われた<他人事>と<わがこと>という語彙を、小説とその読者もしくは身体障害者とそうでない者という関係において浜野博における決定的な対立関係としてとらえた。 次に「火の方へ」を読むことにより、それはなお別の対立をも意味すること、即ち<私>の精神の内部における対立としてもとらえねばならな...

  • <他人事>から<わがこと>へ (その4)

          4 こうして我々は鎮魂の考察に舞い戻る。こひでを遂に具体的に語りえない<私>は、こひでの死に直面しての<私>の心理をむしろ自虐的な文体で描き出すことで、生と死に関する抽象的な思考へと読者を誘い出し、<私>の矛盾した存在のあり方、<他人事>を<わがこと>としたいと望みつつ、そうではありえないという存在の矛盾の中で、<私にとって祖母とは>何なのか、と問い続けることで、<私>にとって<他人事...

  • 「浜野論」への批判

     発表当時、「浜野論」はさまざまに批判された。なかでもぼくがわざと挑発的に書いた部分へは、すさまじい反発が来た。 具体的には2点。1、ムルソーの処刑が正当か不当かは一概に言えないと書いた部分。 これはカミュの愛読者から、「異邦人」を読み間違えているという批判が来た。そういう反応を承知で書いたので、ある意味うれしい反応ではあったのだが、続く文脈の中で解釈してもらえれば、その意図的な挑発の意味は分かる...

  • 「浜野博論」を公開して

     読み直しただけでは、まだ明確には自覚できなかった32年前のわが「浜野博論」の数々の欠陥が、タイプし終わると明瞭に見えてきた。 なかでも、作家に対して文体の変更を求めたこと、なんといってもこれがいちばん大きな誤りだった。 文体は作家の個性だ。それを失うことはその人ではなくなることを意味する。それは文学にかかわろうとするものが最も心得ておかねばならないことなのに、ぼくには備わっていなかった。 ぼくは善...

  • 「浜野博論」公開予告

     32年前の文章を公開する。読んでくれる人がいるとも思えないが、自己確認のためである。 読んでもらえないだろうというのは、ひとつには、浜野博を読んだことのある人が、もうあまりいないだろうということ、文芸評論は該当作を読んでいないとほとんど意味がない。 その上に次の事情もある。「石崎は浜野博を離れて勝手に自分の文学論を展開している」と発表当時いわれた。 そのときは、そうでもなかろうと反発した。でも今回...

≪前のページ≪   1ページ/1ページ   ≫次のページ≫