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2016年02月のエントリー一覧

  • 王毅発言

     王毅がワシントンでの質疑応答で、台湾憲法に言及した。「台湾憲法には大陸と台湾は一つの国であると書いてある。蔡英文がその憲法によって選ばれた以上、彼女はそれに背けない」 中国高官が「台湾憲法」と言ったのは初めてで、王毅は台湾問題を熟知しているから、うっかりミスではないだろうと朝日新聞は書いている。 まだ断定はできないが、これが台湾に対するメッセージである可能性がある。すなわち表向き一つの中国という...

  • 謝罪

     今日ここに書いた記事が椿山さんをご不快にさせたようなので、削除します。これの関連記事はいずれすべて削除します。二度とこの問題を持ち出すことはありません。椿山さん、どうもすみませんでした。...

  • 内田百閒「第一阿房列車」

     恥ずかしながら、日本文学をまったく読んでいない。世界文学もほとんど読んでいないが、日本文学はもっと読んでいない。 内田百閒を初めて読んだ。「アホウ」と発音するのだとさえ知らなかった。「アボウ」だと思っていた。 しかしこれはまたなんという先生だろう。1ページめくるごとに笑いが止まらない。こんな面白い小説が世の中にはあったのだ。これを知らずに死んでしまったらずいぶん損をするところだった。 岡山の造り...

  • 「どうでもいいことだが」について

    「どうでもいいことだが」の結論部分がちょっとおかしいなと気になっていたら、さっそく高原さんに指摘された。そのとおりです。「心に訴えてくるもの」が常に正しいわけではない。 福山の盈進高校の女子高校生が、<「永遠のゼロ」にただ感動するだけなら、歴史から学べることは永遠にゼロだろう>と、見事な皮肉を込めて言ったとおり、人はつまらないものにもすぐ感動する。人を感動させるものに対して用心深くなければならない...

  • 佐藤泰志「海炭市叙景」 小学館文庫

     通勤電車の中でこれを読んでいた娘婿は、「面白いのと面白くないのと混ざっていてどうも読みにくい」と言って投げ出し、ぼくの本棚から東野圭吾を何冊かと、前回の芥川賞の文芸春秋とをさらって行った。 的を射た評である。 作者は村上春樹と同じ年の生まれ。函館の高校生の時、2年連続で何かの文学賞を受賞した。東京で同人雑誌をやりながら、国学院の哲学科を卒業、会社勤めもしたようだ。何度か新人賞候補にはなるが受賞で...

  • どうでもいいことだが

     ネットに深入りするときりがなく、まったく何も進まなくなってしまうので、最近ブログもあまり書かないし、人のブログも読まない。 それでもたまには開けてみる。先日松竹伸幸を開けたところ、次のような記事があった。<聴涛弘の「マルクスならいまの世界をどう論じるか」の広告を赤旗が載せないと書いたとたんに注文が殺到して品切れになり、いま増刷中である。「ロスジェネ」の時にも同じ現象があった。赤旗が大きく扱ったと...

  • 北朝鮮

     1週間ほど前の朝日に、CIAの元ソウル支部長で、東京支部長も経験し、在韓アメリカ大使もやった人のインタビューが載った。 それによると、CIAの北朝鮮工作は完全な失敗例だという。だいたい大使館も置かない国の情報がとれるはずがない。話し合わないのが最大の間違いだ。 そもそも子ブッシュが間違えたのである。クリントンの時代に国交直前までいっていた。ところが、子ブッシュはクリントンを全面否定することに情熱を傾け...

  • 中山茅集子 井上ひさし 「夜」改稿

     土曜日。中山茅集子講演会。 40代後半から小説を書き始めた。夫の画家一郎が病気になり、生活の不安を覚えたのがきっかけだった。中央公論の女流新人賞をとった。 人口40数万の福山に同人雑誌がひとつもない。佐賀市が福山の半分の人口に3つの同人があって互いに競い合っていると聞いて、ぜひ福山に欲しいと思った。その頃佐世保で井上光晴が文学伝習所を始めたのを知って参じた。光晴は文壇だけが文学ではない、文壇の外で文...

  • 「価値」付け足し

    「人が存在する」のところで、それは「人が行動する」「人が関係する」としてとらえるべきだというご指摘はまったくそのとおりです。 ぼくの言葉にも不正確なものはたくさんある。認識の総体にそんなに違いがあるわけではない。ただそれぞれの関心を持つ場所が違っていて、だから言葉使いがずれてくるということでしょうか。 ただ今回のテーマではありませんが、原発問題でははっきり考えが違い、これは譲れないだろうと思います...

  • 「価値」続

     おそらく、高原さんとぼくとの間で食い違っているのは、(原発問題を除けば)言葉の問題だけで、立っている場所はだいたい同じところなのだろうと思います。言葉の問題というのは意外に頑固で解決が難しいのかもしれません。 ぼくは哲学者ではないので、言葉を厳密に定義しません。むしろ言葉を定義づけるとその隙間から事実がすっぽりと抜け落ちてしまうように感じます。 ぼくにとって「感情」と「価値」とは同義語です。芸術...

  • 「価値」について

     高原さん、「コスモス」を評価していただいて、ありがとうございます。「コスモス」と「失われた夜のために」は若干長いので、「まがね」で発表するには金がかかり過ぎ、原稿のままで幾人かに読んでもらいましたが、あまり評価されませんでした。 ブログはただで公表できるのでアップしましたが、読んでくださったのは、高原さんと木沼さんだけです。(お二人の読まれた作品は若干異なりますが)(ブログでアップしてしまうと新...

  • 「朝」

     作品集の巻頭に載せるつもりで「朝」を読み直した。これを書いたのは1982年、年が明けて間もないころと記憶しているので、35才だった。「まがね」に参加して二作目で、一作目が夜勤労働者を描いた「夜」だったので、「朝」にした。 先輩方が「民主文学」の推薦作に推してくれた。最終候補に挙がったが、落選した。赤旗日刊紙の文芸欄に誰かが評を書いてくれた。 それを川鉄の保安課が読んだ。ぼくは下請労働者だったが、「石崎...

  • コソボ

     今朝の朝日、池澤夏樹がコソボで迫害されたセルビア人のことを書いていて、あの当時の情報がNATO側からばかりで眉唾だなと思っていたら、やはり現地は報道とはまったく違ったのだ。 こういうことは一方的な報道に接していてもなんとなく感じてしまうものだ。 それはいいのだが、記事中にミスがある。「ずっと仲よく暮らしていたのだが、アルバニアが独立した後でセルビア系の住民に対する迫害がひどくなった」 夏樹が間違えた...

  • 「嘔吐」 ロカンタン

     昨日だったか、一昨日だったか、ごちゃごちゃとずいぶん回りくどい、わけのわからない文章を書いてしまったが、ぼくのいまの迷いの表明である。 高原氏が早速コメントをくれて、「嘔吐」を参考にすれば? と言ってくれた。 もっともなのですが、「嘔吐」は名作すぎて参考にできないのです。「嘔吐」は若き哲学者サルトルが生まれて初めて書いた小説で、本人はそんなに自信があったわけでもなかったようですが、好評を博して、...

  • 作品論から作品集へ

     振り返ってみると、過去のぼくにとっては、それを読んだことで何かを得られたか得られなかったか、ということが、小説のすべてだったのだ。そこから先を考えはじめたのはつい最近のような気がする。 つまり、(なにとはっきり言えないとしても)なにか素晴らしいものを、この作品はなぜ与えてくれるのか、あるいは与えてくれないのか、その理由を、最近のぼくは作品そのもののなかに探そうとしている。 呉の本藤氏が「印象批評...

  • 山内マリコ、その他

     デボーリンさんからのコメントで、山内マリコを推奨された。同姓同名の親戚が我が家にいるが、写真を見たら全く別人だった。 せっかくご紹介いただいたが、なにしろ読みたい本が山積みで、一向にはかどっていない。これ以上手を拡げるのは無理だ。読みたくなるほどの紹介記事を書いてくれればその気が起こるかもしれない。 ところで、朝日新聞の連載小説だが、あさのあつこはいきなり終了して、次の連載が始まらない。不評で中...

  • 作品集と過去作について

     最近、芥川龍之介は「トロッコ」が最高傑作のような気もし始めているのだが、ただ「トロッコ」は最後に要らない大人が登場して、これは自分の少年時代の思い出だ、などと発言して台無しにしてしまった。これさえ書かなければ名作だったのにと、他人事ながら口惜しい。 ところが自分の過去作を読み直すと、けっこうそういう余分な付けたりが多い。これがなければ余韻が残るのに、これを書いたばかりに余韻がなくなったというもの...

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