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2014年12月のエントリー一覧

  • デボーリン文書について

     デボーリン氏から寄せられたコメントを初めて本文に移す。 断っておくが、このことはこの文書へのぼくの同意を意味しない。ただ氏の見解が比較的まとまった形で表明されていると思うので、参照のために掲げる。 氏とぼくとはほとんど正反対の立場にいる。氏は日本共産党が右傾化したと批判している。ぼくは共産党はもっと右傾化すべきだと考えている。 ちなみに総選挙結果について一言。 いままで黙っていたのは、参院選への...

  • 「総選挙、国民審査について」デボーリンの墓守

     以下はデボーリンの墓守氏から寄せられたコメントである。 おひさしぶりです。  総選挙で日本共産党(以下「不破派」)が躍進したことで、古本屋通信氏(以下「氏」)が大喜びしていますが、私は何を喜んでいるのかわからないのです。  氏は松竹伸幸を「反革命スパイ分子」と呼んでいます。それは正しいと思いますが、不破派全体が「オール沖縄」という路線で松竹伸幸が望む方向に転向している実態が見えないのでしょうか? これ...

  • 最上 裕「さくらの雲」(民主文学15年1月号)

     連載の第1回である。連載物のいくつかを、終わった時点でまとめて読もうとして、結局、読み損ねた。で、できるだけ毎月読んでいくことにした。 なかなか上々の出だしである。伏線を大量にばらまいて、ここからの進展を期待させている。 この作家は、「陸橋を渡る足音」でシステムエンジニアを描いて労働の描写に精彩があった。作者もたぶんそうなのだろう。今回の主人公は若い女性だが、やはりシステムエンジニアで、仕事の話...

  • 高原さんへ 資本の論理

    「民主文学」の作品への感想も含め丁寧に読んでいただいているようで、恐縮です。 政治方面の読書は全くできていないので、従来どおりの感想しかないのですが、資本の論理(もしくは原理)を超える新しい原理と聞くと、ぼくの考える方向とはやはりだいぶ違うなと感じざるを得ないのです。そういうものの探究も必要なのかもしれません。ただぼくにはそれは理想主義に見えてしまいます。ぼくが考えるのは、隣のご主人は何を望んでい...

  • 青木陽子「口三味線」(民主文学15年1月号)

     今月号は粒がそろった。この人も器用な人だ。現代の若者も書くし、今回は自分の親の世代を書いている。ほんとうの親なのか、まったくのフィクションなのかは分からない。 南京陥落でこれで戦争が終わると喜んだのもつかの間、戦争は泥沼に入り、遊び人ふうだったが律儀に働き始めた滋二にも、やがて赤紙が来る。滋二は好きな尺八を吹いて出征していく。妻の多美は子供たちを連れて実家に帰る。まもなく敗戦によってやっと戦争が...

  • 須藤みゆき「冬の坂道」(民主文学15年1月号)

     いつものみゆき節である。貧しかった少女時代、おそらくそれ以上につらかった兄との断絶を、くどくどと書き連ねた最後に、「私は、前に進むことができるのだろうか?」と記し、その数行後に、「私にも、できるだろうか?」とたたみかける。このみゆき節ともいうべき独特のリズムが、彼女の小説の味なのだ。最後には必ずこのリフレインが出てくることを期待して読んでしまう。小説はずっとそこにとどまる。それが現実なのかフィク...

  • 秋元いずみ「真夏の夜」(民主文学15年1月号)

     聞き覚えのある名前だったので、自分のブログ内を検索したら、去年の7月14日の「吉良よし子」の記事に登場していた。記事の中で触れた、その年の民主文学6月号の座談会に参加していた。元民青岐阜県委員長、去年の時点で34歳、民主文学には珍しく、非常に若い作家だ。(ちなみに、ぼくのブログ記事に拍手がつくことは滅多にないのだが、この記事には例外的に12個の拍手がついている。吉良よし子はすごい人気だったもんね)。 ...

  • デボーリンの墓守さん

     デボーリンさんは、ぼくとは意見を異にする部分がかなりありますが、たいへん真面目な方とお見受けするので、どうぞご自由にぼくのブログのコメント欄を、ご自身の見解表明の場として使ってください。読者にとっても参考になると思います。ぼくの異論を述べねばならないのですが、反論という形で書くことはお許しください。それぞれのテーマについてぼくが書きたいと思った時に、ぼくの文脈で述べることになると思います。 政治...

  • 誠之館命名由来

     ついでにもうひとつ誠之館の話。命名由来である。子思の「中庸」から、「誠は天の道なり。之を誠にするは人の道なり」の之を誠にするをとって誠之。校歌に「烈公名付けし誠之館」とあったから、烈公徳川斉昭による命名と思われる。ぼくはどこの学校とも結局性が合わなかったが、「之を誠にするは人の道」だけは気に入っていた。...

  • 不破京都演説

     Youtubeで不破哲三の京都演説を見た。古本屋さんが紹介していたのだ。素晴らしかった。84歳とは思えない。ずっと彼の著作を批判してきたが、もちろん意見の違いが解消されたわけではないが、不破哲三はやはり政治家だ。あれだけの演説をできる人間はざらにはいない。ざらにはいないということがちょっと悲しいが。 一見の価値あり。お薦めします。...

  • 「誠之館」の転載について

     この記事はたんめん老人さんが、本年11月2日に書かれたものです。気が付かずにいたのですが、ご本人が拍手コメントで教えてくださいました。藩校というテーマでの扱いなので、福山と無縁の人にも関心を持っていただけるかと思います。...

  • 誠之館(「たんめん老人」より転載)

     10月29日、梅棹忠夫『日本探検』(講談社学術文庫)を読み終える。 梅棹の秘書であった藤本ますみさんの梅棹研究室での経験をつづった『知的生産者たちの現場』という本の中に、梅棹の『知的生産の技術』を読んだ東京の高校生たちが修学旅行の自由時間に研究室に押しかけてくる場面がある。梅棹は留守で、対応にあたった藤本さんは最初ちょっと迷惑がるが、やがて、彼ら高校生にとってこの研究室がフィールドなのだと得心したとい...

  • たんめん老人さんへ

     11月2日の誠之館に関する記事、いま読ませていただいてびっくりしました。読んでいませんでした。さっそくぼくのブログにコピーしたいと思います。お許しください。意外なところでつながるものですね。...

  • 仙洞田一彦「病は気から」(民主文学15年1月号)

     仙洞田氏が、またわけのわからない作品を書いた。この人は最近こういう方向を模索しているようだ。よく分からないセリフのやりとりが延々と続いていく。ちょっとドストエフスキー風だ。ただドスト作品では人物像がくっきりしているので、セリフについていける。最近の仙洞田作品では、人物のいないところでセリフだけが空回りしているような印象がある。どうだろうか。これは他の読者の感想を聞いてみたい。...

  • 工藤勢津子「幸福のかたち」(民主文学15年1月号)

     これも89才の軽い認知症の母親と、彼女と同居するその娘との話である。こういう話が増えてきているので読者の方も食傷気味で、読ませる工夫が必要になるだろう。だが、じっくり読んでみると、この作者らしい書きぶりがうかがえる。 要はどうしようもない現実を受け入れていく、そこに人間の尊さや、人生の味わいを見出していく、そういう生きる姿勢だ。娘の年齢が書かれていないが、すでに退職しているので60代だろう。その、か...

  • 永遠にゼロ

     日福大と朝日が主催した高校生福祉文化賞エッセイコンテストで、わが福山の盈進高校の17歳の女の子が最優秀賞をとった。その短い文章が備後版に載ったが、すばらしい内容で、びっくりした。「永遠にゼロ」と題して百田尚樹の「永遠の0」に疑問を呈している。その過程で特攻隊員の遺書30編を読んだという。 ぼくは百田氏の本は何も読んでいないのだが、本人は右でありながら左の人でも感動できるように書く巧みな人という評は目...

  • 香港の祭りの終わり

     香港の祭りが終わった。天安門の二の舞になるのを心配していたが、とりあえず死者を出さなかったことを喜びたい。今後については情報収集能力に欠けるので、まったく分からないとしか言えない。 報道の中で、全然違う問題なのだが、ちょっと気にかかったことがある。 占拠学生はいくつものグループに分かれていたが、主なものは、「学民思潮」と「学連」なのだそうだ。この両者間には運動方針の違いがあったが、「そのたび、説...

  • 能島龍三「北からの風に」(民主文学15年1月号)

     何らかの体験をもとにせねば書けない作品であろう。リアリズムの重量を感じる。こういうものを読むと作りものの小説を薄っぺらく感じてしまう。 精神障害の子供たちが入院している病院での話だ。その病院の中に学校があり、小学中学相当の子供たちを教育している。それまで知恵おくれの子を受持ってきた<私>は定年まぎわになって初めてこういうところへ来た。未経験である。 障害の程度はさまざまだが、特に重症の子がおり、...

  • 「不確定な矛盾の生成」とスライドについて

     高原さんがコメントを寄せて、ぼくの提出した疑問に答えておられる。今回本文にはしないので、コメントで読んでください。これとは別に、当日の発表用スライドの原稿を郵送で受け取っている。12枚あるがスライド用なので字が大きく、非常に簡潔にまとまっている。今回これをじっくりと読み直してみて、高原さんの言いたいことがだいぶわかってきたような気がした。もう少し考えてから、その結果をまとめてみたい。...

  • 「不確定な矛盾の生成」とそれへの疑問について

     高原利生氏から福山大学での発表論文をいただき、それへの疑問を書いた。氏の許可が出たので公開する。ただし、発表論文自体は、メールの不手際があったらしくパソコン上には届かず、郵送でいただいたので、それとは別に発表用原稿のようなものをコメント欄に頂いていたので、それを公開する。ほぼ同じ内容だが、原稿より論文のほうが簡潔にまとまっている。疑問は論文に対して書いたので、論文の章立てに従っている。最初に高原...

  • 高原利生「不確定な矛盾の生成」

        不確定な矛盾の生成  Generation of Indefinite Contradiction                           高原利生 粒度という概念がある。物事を扱う単位といっていい。正確には、粒度は、1.扱うものの空間的時間的範囲、2.扱うものの持っている無数の属性の中から選ぶ属性である。粒度の定まった粒も、慣例に従い単に粒度という。ある粒度の前提で、論理はその粒度間の関係である。粒度が先なので粒...

  • 「不確実な矛盾の生成」への疑問

     まず二つの疑問を提示する。① 物々交換の解明から見えてくるものは何か(物々交換が貨幣を生みだしたが、貨幣はやがて物々交換以外の機能を持ち始めた。この機能によって資本が可能となった) というところまではマルクスが明らかにした。あるいはマルクス以前の経済学者たちがすでに明らかにしていたのだろうが、ぼくは読んでいないのでわからない。 高原さんがテーマとされているのは、その前段階、「物々交換はいかにして...

  • 古本屋さんへ

     古本屋さんの今回の文章はよく分かりました。(いつもこのくらい丁寧に書いてくれれば誤解することもないと思うのだが)。結局、赤旗と共産党とが何をやっているかということを知らずに反応してしまったのかもしれません。そこらへん事実経過を確認できていないので、この件は保留とします。 共産党の何を責めているのかをちゃんと確認せずに古本屋さんの文章に反応してしまったことについては謝りたいと思います。 ただ事実経...

  • 古本屋さんありがとう

     古本屋さんありがとう。ほめるように見せかけて実はとことんからかわれているのだが、拙文を紹介してくれただけで良しとしよう。人と人とが現実に接するということは誤解と理解とのないまぜにならざるを得ない。 中小企業問題について少し。中小企業は大企業のようには労働法規を守れない。中小企業同士の競争にさらされて親会社からの単価切り下げ圧力にあえいでいる以上、どうしようもない部分がある。 それでも世間の目が厳...

  • 笹本敦史「家族写真」(民主文学15年1月号)

     身近な人が、事実に近いのではないかと推測されるような形で、つらい話を書くと、もはやそれを小説として読むことの難しい自分を発見した。 もっともそれは表題作ではなく、「まがね」56号の同一作家「瀬戸を渡る」を読んだときである。 日頃ぼくは小説を小説として読もうとしない読者をたしなめている。その自分がそういう状態に陥ったことに戸惑いがあった。 それは娘の事故死をきっかけに認知症が進んでいく母親を描いた作...

  • ブラック企業

     古本屋通信は、この間、韓国人慰安婦問題、都議会ヤジ問題で独自の見解を維持してきたが、いまブラック企業問題に焦点を当ててきている。彼の論はいずれも、注意深く聞くとかなり真面目に考えた内容を含んでいると見ることのできるものだが、発言が常にぶっきらぼうで、断言的で、丁寧な説明に欠けるために、非常にわかりにくく、法外に思えることもしばしばである。 ブラック企業問題で彼が言いたいのはおよそ次のようなことだ...

  • 匿名さんへ

     鋭い指摘ですね。参考になりました。...

  • 大陪審

     大陪審はわかりにくい制度だが、要するに起訴するか否かをくじで選ばれた陪審員の評決によって決する機関で、どこの国でも廃止されて、現在ではアメリカにしかない。そのアメリカは連邦と州との二重構造になっていて、これまたわかりにくいのだが、連邦にも大陪審があり、州は州によってあるところとないところがある。大陪審が不起訴と決めたら、検察は起訴できない。その大陪審は非公開であり、不起訴理由の開示も行われない。...

  • 桃太郎

     桃太郎の話をマイナスイメージで読むこともできる、というのは昔から耳にしていたし、ぼくも確かにそうだと思っていた。だが、20年ほど前、池澤夏樹が「狩猟民の心」と題してこのテーマで書いたとき、彼は自分のオリジナルだと思ったらしい。ところが実はずっと昔に、福沢諭吉が「ひゞのおしへ」の中で同じことを書いていることに気づいたという。 しかし、池澤氏の桃太郎分析は念が入っている。 曰く。1、 鬼は最初から鬼と...

  • 日常

    「鉄の博物誌」の公開を予告したが、まだタイピングが三分の一くらいである。会話が多いとあっという間に枚数が進むが、この作品は地の文ばかりなので、だいぶ書いたつもりでも枚数がいってない。くたびれると中止して文芸春秋をぱらぱらとめくっている。去年の芥川賞を読むつもりで買ってきて、まだ読めていない。このところ読書も進まない。少し気抜けした状態でいる。 昼間は庭の手入れだ。北風が吹き始め、ここは特にまともに...

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