プロフィール

まがねとおる

Author:まがねとおる
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

FC2カウンター

カテゴリ

リンク

RSS

2014年07月のエントリー一覧

  • 高橋源一郎

     高橋源一郎は1969年、18才のとき学生運動で捕えられ7カ月間拘置所にいたが、その間に「資本論」を読もうとして戸惑ったという。「これは単なる経済学の本ではない。著者は世界全体を丸ごと理解しようとしている。それは馬鹿げた野心だ」 若い高橋のこの言葉を誤解せずに受け取ってほしい。それは人知では不可能と思えることに挑戦しようとした人間への、半ば呆れながらも称賛している言葉なのだ。 そしていま高橋は世界はもっ...

  • 「こころ」

     朝日の「こころ」再掲を読んでいる。何度も読みなおしている小説だが、やはり違和感を払拭できない。最後に読んでからでもすでに何十年も経っているので、もう一度通しで読もうとは思うが、とりあえずは朝日で読みつつの感想である。 その前に、再掲が始まったときの説明で、<本になる前の新聞連載時のまま掲載する、本になったときは三部構成だったが、連載時は「先生の遺書」だけである>とあったのを、ぼくは誤解して、「先生...

  • 「憂国」

    「博士の愛した数式」 まがねメンバーの感想はまっぷたつに割れた。小説とはこういうものなのだろう。読者のものの感じ方はそれぞれ違う。すべての人に歓迎される小説というものはありえない。(だからぼくの小説が評価されなくても嘆くことはない)。 この作品はこの作者のものとしては例外的なのらしい。この作品のなかでは普通の人々の普通の生活を普通の感覚で描いているが、少なくとも初期作品はそうではないという。特に「...

  • 「博士の愛した数式」追加

     昨日ひとつ書き忘れた。彼らがしょっちゅう計算をする新聞広告の裏の余白について。 この小説の書かれたのが2003年ころ、時代設定は1992年である。10年前のことを不自然でなく書くために、作者が念入りに考証していることは指摘した。いま時代の変化が激しいので、10年前のことを書くのは簡単ではない。 だが、広告の裏紙についてはどうだろう。 たしかにぼくらの若い時分、広告そのものが少なかったが、裏は余白だった。いま...

  • 小川洋子「博士の愛した数式」

     ご当地作家のあさのあつこと小川洋子はぼくの娘たちの愛読書だが、ぼく自身はずっと気になりながら読んだことがなかった。「まがね」で取り上げることになって機会を得た。 文体に凝ったところはなく、素っ気ないほどに明解で読みやすい文章である。だが美しく、またせつない。 設定がもともとせつない。80分しか記憶できない数学博士の話。シングルマザーの家政婦とその小学生の息子が関わることになるが、毎日顔を合わせても...

  • コメント

     奇妙なコメントが来たので、何も考えずに即削除した。どこやらの議員がえらい目にあったらしいが、議員だからといってつまらないコメントにいちいち返事をする必要はない。即削除。それでよろしい。...

  • 「Zの悲劇」 2

     邦訳にして400字詰でざっと670枚になるこの作品は、23章から成り立っている。一章あたり30枚というところ。 最近ちょくちょく、読んだ本の原稿枚数を計算してみる。どのくらいの枚数でどのくらいのものを書けるものなのかということが気になりだしたからだ。これは民文の丹羽郁生が奨めてくれた方法である。たしかに参考になる。 作品内容を完全に忘れていたが、犯人はわかった。ただ犯人を一人に絞るについての必要事項を完全...

  • 価値について

     価値について考える。日々の生活に明け暮れながらも何かを考えずにおれないのが人間の頭である。昨夜は価値についての想念が去来して眠れなかった。そこでケリを付けるためにいったん書き込むことにする。 もっとも何らかの概念について書くという行為は、本来先人たちの文献の検証の上になされるべきものだろう。そうでなければ普遍性を獲得することは難しい。その点、ぼくの読書歴が圧倒的に貧困であり、ほとんど欠如している...

  • 「Zの悲劇」

    「Zの悲劇」を読んでいて自分の小説を書くのがいやになってきた。とても勝てないからだ。世界的名作と張りあえると思うほど自惚れていたわけではないが、自分の力のなさを知らされるのはやはりショックである。 ともかく描写が丁寧だ。登場人物一人一人について、その服装、体つき、顔かたち、言葉をしゃべれば、その声、しゃべっているときの表情、すべて細かく書き込む。人々がいまいる場所の描写、移動していく時の情景、そし...

  • 謎解き

     執筆中の原稿は、ここまできて結末をどうするかで迷いが出てきて、ここ数日中断している。元原稿では、推理の材料をすべて読者に提供したあと、立ちまわりがあっていきなり真犯人が検挙される。そのあと謎解きが長々と続く。20年前娘に読ませたとき、これを批判された。犯人がわかってしまってからの謎解きでは退屈で読む気がしない、と。今回最初に読み直してなるほどその通りだと思った。そこで立ちまわりの前に、ぎりぎりまで...

  • 同志社小劇場

     京都の古本屋からの訪問履歴があったので、古本屋は別に関係ないんだけど、とは思ったが、京都だったので、開けてみた。わりと面白いことを書いているので読んでいたら、同志社小劇場が出てきた。「アルジャーノンに花束を」を上演するというだけの記事なのだが(ちなみにこの作品は娘が本を置いていったのでうちにある。読む気はあるのだが、まだ読めていない)、同志社小劇場と聞いて懐かしさを覚えた。同志社には学生劇団が星...

  • 執筆経過など

     第10章を書き終えて220枚。この章はほとんど新たに書き直したので、元原稿の記載内容の半分しか書けなかった。したがってあとの半分は11章にまわることになる。 一章の平均が20枚、あまりにぶつ切りの感じがする。章編成は考え直す必要があろう。 いずれにせよ、全部書きあげてからだ。全部終わった段階で全体的に見直すことになる。 日曜日は穀田恵二の演説会に行きたかったが、岡山に芝居を見に行った。ところがぼくの聴力...

  • ヤジ弁護論に

     古本屋さんが反論を書きなさいと挑発されているようなので、乗ることにする。 朝日デジタルがヤジ音声を分析している。はっきり聞こえないじゃないかというが、マイクは議長席と発言者席にしかないのだから、遠い肉声が拾えなくて当然だ。だが、議場では聞こえた。だから塩村文夏が動揺した。そして現在の技術ではそれを分析できるのだ。 その内容は塩村さんが発言している施策に関するものではなく、塩村個人に対するものであ...

  • 都議会ヤジ問題

     都議会ヤジ問題については、元東大民青さんの理論立った見解を、古本屋さんがコメント欄から本文に移して公開した。自論への批判に対する古本屋さんの常に公正な態度には敬意を表する。 ぼくはこの元東大民青さんの見解に全面的に賛成だったので、同じことを書いても意味がないから、どこにもなにも書かなかった。 しかし、現在、週刊誌やネット空間でおかしな言論が飛び交っているようなので、一度だけぼくの考えを書く。考え...

  • 中森明夫

     妻がサンデー毎日を買ってきたので、中森明夫の「アナと雪の女王論」を読んだ。中央公論が掲載拒否したやつ。 ちなみに、どこの本屋でもすでに売り切れで、一軒だけにあったそうだ。本屋が不思議がって、「なにが載っているんですか」と訊いてきた、発売前から予約が殺到したという。 ネットでも公開しているのだが、紙の本で読みたい人も多いのだろう。ぼくもそうだ。ネットは読みにくいし、読んだ気がしない、記憶にも残らな...

  • 解釈改憲

     憲法解釈変更の手続き問題はもちろんどうでもよいことではない。 本来憲法解釈は司法の仕事であって、行政の仕事ではないだろう。内閣が勝手に解釈を変えられるとしたら、憲法はないのと同じだ。 行政がやったこと、やろうとすることに対して、それが憲法に則っているかどうかを判断するのは裁判所でなければならない。 ところが日本の裁判所はこの仕事を放棄していて、内閣法制局がその代理を務めていたような趣きがある。 ...

≪前のページ≪   1ページ/1ページ   ≫次のページ≫